東海道線

2014年12月 7日 (日)

H26.12.07 名古屋行き(リニア・鉄道館+あおなみ線)

 以前は毎年の様に訪れていた名古屋行きも6月まで東京支部のお手伝いをしていた事もあってご無沙汰しましたが、部会が研究会に変わったのと同時に登録を再開し、最初は11月の前半に出掛けようと思った所で『パノラマ』のPDF版を購読するようになり、リニア・鉄道館の見学会が行われるので今年は東海道新幹線の開業50周年という記念すべき年と重なり、師走のこの時期らしく二度とない物も得られるのでいの一番で申し込みました。

◯因みに3年前に訪れた時のページはこちらです。
・オータムフェスタin名古屋でリニア・鉄道館の見学会
・四日市周辺の調査行→その1その2

 5時に起床して支度をして自宅発が5時半頃。丁度、西八王子を『成田エクスプレス』8号の送り込みが通過する頃合いでいつもは脇から霞める形が今回は踏切からちらりと見てゲートイン。

 西八王子から5時45分発の各駅停車・東京行きで八王子まで乗り、大月発の初電の接続を受けて小仏トンネルの向こうから乗ったお客さんが多いものの、前は西八王子でも疎らでしたが、物好きなナラビニストか底辺が増えたのかなと言った様子が感じ取れて日曜日の朝ながら些か窮屈になったのは寂しい所です。

 八王子から5時53分発の東神奈川行き(540K、クハE233-6018×8/横クラH018編成)で新横浜まで乗ります。今年は横浜線が205系からE233系への置き換えがあれよと進み、意外と中央線から横浜線でE233系同士の乗り継ぎは今回が最初で中央線の8号車と横浜線の7号車は奇しくも同じ400番代の車です。八王子から乗ると繁華街で繰り出した若者が多く、この辺も相原や橋本で降りてゆくとこちらも所望していたシートの真ん中を陣取り、さすがに夜明け前に霞み目でE233系のスタンプは読み辛く、横浜市内に入ると日が段々と昇ってくるので少しずつ見えるようになり、乗った編成に描かれた鴨居駅近くの鴨池大橋もバッチリと拝み、40分ほどで新横浜に到着。

 新横浜では新幹線の乗換えまで40分程ありますが、乗り換えの改札を通過してから東京方の待合室で時間調整。サンドイッチやコーヒーのお店はあるものの、こちらのお目当ては『崎陽軒』の横浜チャーハンをSuicaで。15分経ってから下りの3・4番線へ。JR東海ブランドのお茶を頂くのが楽しみでいつの間にかリニューアルされて緑茶の『静』のホットを頂き、こちらもSuicaで。

 新横浜から7時19分発の『のぞみ』203号(783-2012×16/X12編成)で名古屋まで乗ります。N700系があれよの間にN700A系に改め、元のナンバーも-2000番というのも一目瞭然で13号車は785形の500番代です。さて、27日に切符を買った際にシートマップを覗いたら結構空席が多いなと思いましたが、マスターが腰掛けた辺りから前はほぼ埋まっていた状態ながら東京方は比較的空席が多く、3人掛けでも窓際のA席以外は空席が目立ちます。快晴の新横浜を出発すると早速『横浜チャーハン』を頬張り、今日一日頑張るぞ!と気合が漲り、相模川の鉄橋を渡ると早速富士山の雄姿を車窓から覗かせ、冬晴れの朝の富士見は気持ちよく、後で沼津辺りでも収めたくらいです。鴨居のディスプレイの文字が大きく、配信している新聞のニュースも切り替えた駅毎にソースをメモしながら過ごします。小田原を過ぎた所で気合が入った若い車掌さんが早口で挨拶を交わしながら巡回し、さすがにN700系のフットワークは素晴らしい反面、車窓越しから見える在来線の車両の車番が上手く見えないのが玉に瑕で静岡ローカルを見ると313系と211系の混結も当たり前に行われた一方、静岡車両区の構内には『あさぎり』の371系が寝ているところを目撃。次のお目当ては浜松周辺と言った具合で浜松駅の西側の引上線には特急の373系が休んで最初の3編成なら嬉しいですが(私事と重なりますが………)、西浜松の構内にはコキ107やコキ50000、コンテナは嵩高の20Cや横浜ゴムのU50A?、フレートライナーのUV52Aが鎮座。浜名湖を過ぎるといよいよ愛知県に突入。豊橋は名鉄の3500系や313系の300番代(2両編成)を見て海沿いの蒲郡から三河平野を一直線。三河安城でアナウンスが入るとこちらも笠寺のホームに差し掛かった所を見計らって降りる支度をします。

  名古屋駅は17番線の到着。行き先やロゴを収めてから出発を見送り、改札を出て元銭湯のコインロッカーへ。3年前に来たときにはTOICA(勿論、こちらのSuicaもOKです)対応のコインロッカーが入っていましたが、余り使いこなせなかったのか幸い、八王子駅にも改札口から南口へ向かう通路に何台かあるので通り道のついでに実践する際の手解きを汲み取り、無事収容。太閤口から新幹線の下りの真下を歩いてソフマップを目印にあおなみ線の改札にゲートイン。新幹線のホームからビックカメラのロゴも見えるので馴染みの場所へつい戻りますね(余談)。

 あおなみ線はストレートで金城ふ頭へ行くのは面白くないので車窓の左手から名古屋の貨物ターミナルの構内が拡がっている事から駅毎に細かくキャッチして行こうと思い、9時発の金城ふ頭行き(333H、1103×4)で先ず、荒子へ。暫く関西本線と併走して貨物駅があったささしまライブを見て海側へカーブして最初の駅の小本では早速、コキ100系の4両ユニット車が3組止まっていたので車窓越しからメモするもここからもう構内に入っている事が分かります。名古屋タ側のユニットが後で牽かれて来る格好で現れたのでこの時は思いも寄りませんでした。

←名古屋 コキ103-30+102-30+29+103-29(海ナタ、全検24-8-21名古屋車)+103-122+102-122+121+103-121+[103-154+102-154+153+103-153(全検23-6-20広島車)]

 最初に降りた荒子はホームの東側にちょっとした貨車の検修庫があり、コキ107-358ともう一両コンテナ車が入線。金城ふ頭方からライトを灯すディーゼル機関車の姿が見えたのでやって来たのは名古屋臨鉄のND552の16号機。何と!DD13がそのまま譲り受けた格好(この16号機、ボディー載せ替えで元は北海道の苫小牧港開発にいたD5600形の車体です。また後述する3号機のボディーが正真正銘の元DD13で国鉄時代は八王子にいた233号機です)で今ではDE10やHD300が働く貨車の入換も30ウン年前までは全国津々浦々見られた機関車でマスターも八王子で見ていたこともあって懐かしさに一時浸ります。また、ホームから見える範囲で待機していた編成は次の通りでさすがに後方は退色と光線具合、マスターの視神経の疲労困憊で見辛く省いたや見間違えた点があったことお詫び申し上げます。

←名古屋 コキ104-985(全検21-12-10輪西派)+103-160+102-160+160+103-159(全検23-7-4広島車)+104-947+1095+401+106-1037+323+104-1812+2334+2351+935+1563+****+2027+****

 一本待って9時22分発の金城ふ頭行き(511H、1108×4)で次の南荒子へ向かいます。

 南荒子では順繰りに金城ふ頭へ向かうところが入換作業が始まったので一本遅らせて(ここで予定表通りになります)頑張って見ることにしてどの駅も7~8両は止まれる長さに作っているものの、実際は4両編成なので両端が柵で遮られている点が少々不満ですが安全の事を思うとこれは仕方有りません。

 この頃丁度、2両のND552が入換で働いてブルーの3号機に牽かれて下記のナンバーが入線します。
←コキ107-873(新製25-6-18日車)+104-280(全検25-8-8川崎車)+105-68+67(海ナタ、全検21-11-13名古屋車)を持って来て、この後は更にコキ104-2905+1272+538と連結してND552 16が小本駅から持ってきたコキ103-154~103-153の4両をコキ104の3両と入れ替わりに連結。続いて貨物ターミナルのホームからコキ103-229+102-549+550+103-230+101-37+100-37+38+101-38+101-120+100-120+119+101-119+103-141+102-141+142+103-142とユニット車が続く見事な組み合わせに。

 他にも南荒子のホーム前からは次のナンバーが見え、コキ50000でもこの所、ノーマルタイプしか見ておりませんでしたが、久し振りに最速100Km/hのミントグリーンカラーの250857が転がっておりました。

←名古屋
・コキ104-1239(全検22-9-25広島車)+2701(全検23-9-1広島車)+106-875(全検22-8-22広島車)+104-2499+106-462+104-274+253+645+105-63+64(海ナタ)
・コキ104-1196+1166+107-511+703+104-2680+106-90+107-641+104-185

 また、四日市行きの2087列車もここで出発してDD51 875[更新色冷風]の牽引。コキ103・102のユニット車にコキ106・107の各形式にコンテナは旧日本ゼオン→JOTのUT11A-5018、三菱化学のUH17A、UM12Aは三井金属、JRFリースと多彩なりでこちらは明日のお楽しみと言った様子です。

 南荒子から9時53分発の金城ふ頭行き(339H、1605×4)で終点の金城ふ頭まで乗ります。スポーツクラブの小学生集団が多く、幸い次の中島で座れ、場所柄マリンメッセへ向かう若い子が目立ちます。親子連れの大半は我々と同じリニア鉄道館で稲永から野跡へ向かう途中の駐車場にはJOTのバルクコンテナやUH20Bを積んだトレーラーを発見。行きがけのお駄賃ならぬボーナス(?)をゲットし、金城ふ頭へ無事到着。

 リニア・鉄道館は丁度3年前に行われた本部のオータムフェスタ以来の来館であの2ヶ月後に亡くなられたM副支部長が頑張っておられたのが印象的で他にも日頃東京近辺で顔を合わせることが多い私鉄部会のM氏や支部委員のT君、5月に亡くなられた林さんや研究会でお世話になっている茅ヶ崎のK氏とも一緒になった事があります。エントランスのロビーで受付を済ませ、名古屋支部の支部委員・H氏やN支部長にもご挨拶して武豊のN氏も来ている筈ですが、こちらのほうが先に入ってしまい、見ていた所で携帯が鳴ったので折り返して入れるとやはりご本人で親しい若手会員のB君と一緒に。先ずはジオラマを見てクリスマスらしくセントラルタワーズの照明が趣向を凝らし、走っている列車も真夜中はサンライズエクスプレスに新幹線の保線作業車、新幹線は新旧問わず特に下り線は0系や100系と言った懐かしい顔が多く、他にも313系やキハ75、キハ85系etcと現在のJR東海の車両が本物同様に動いて楽しめます。

 車両をあれこれ見学して次はN700系のシミュレーターを楽しみ、N氏「東京駅の在来線が無い!」と確かにJR東日本に仁義を切る必要があったのでしょうか少々物足りない印象ですが、この後はデリカステーションで『新幹線50周年弁当』と東海道新幹線の沿線の茶どころのお茶をブレンドした『東海道お茶じまん』の昼食。最初は2階のグリーン車マーク風のテーブルでも良かったのですが、外に止まっている117系のクハ116で男三人、弁当の箸をつつきながら名港トリトン(潮見町〜金城ふ頭)に係留する貨物船、あおなみ線と眺めも最高なり。

 12時45分に再集合して700系の前で記念撮影の後、オータムフェスタのときと同様、講義室で東海道新幹線やリニア・鉄道館の取り組みのお話を一時間半ほど聴き(副館長さんもこの時お世話になりました)、秘蔵車両からクモハ165や新幹線のグリーン車16型の車内を見学・撮影を楽しみます。一通り終わると閉館までの過ごし方は各々自由でマスターはN氏、B君たちと700系から2階の歴史展示室から収蔵展示室と新幹線関係の展示一色を楽しみ、国鉄バスの第一号車から再びジオラマを見学。また2階に戻ってシンボル展示の映像を300系のグリーン席に腰掛けながら楽しみ、ミュージアムショップに立ち寄ってから今回の見学会も終了。

 金城ふ頭から17時15分発の名古屋行き(516H、1105×4)で名古屋まで乗り、車内を見ると野跡辺りで空いた席が有ったのでちゃっかり腰掛け、すっかり日が落ち、窓越しも暗い中、荒子南ではEF210が2両顔を並べている様子を見て後は名古屋駅に着くのみ。

 名古屋駅のあおなみ線の改札前で金山のI氏や新人会員のM君と合流。太閤口の喫茶店に立ち寄ろうと日曜の夕方らしくカフェドクリエは満席、ビックカメラの並びにあるサイゼリアは10分待つと入れるのでドリンクバーを注文。N氏持参の『鉄道ファン』昭和58年の3月号(何と!当時はマスターが大変お世話になった東京支部のT支部長の連載がのっているではありませんか!)に平成2年の4月号(こちらは新刊で所蔵しています)を拝見。前者の方が本家のはとこが手伝っている古本市の時に買う頃のと近いかな?と言った具合で57-11改正前後の車両動向が載っていたのでリニア・鉄道館に保存している車の話題もちらほらと出て凡そ1時間過ごして散会。

 こちらは続いてエスカのお店で夕食を取りたいのでお店を探すとこの時期らしく味噌煮込みうどんを食べたいなと思い所望すると『山本屋本店』は行列が続いていたのでパスし、以前『テルミナ』に入っていた吉田きしめんのお店があったので尋ねると味噌煮込みは品切れでも味噌きしめんは出せるのでライス付を注文。海老天でも豪勢に付けようかと思いますが、朝はチリソースの唐揚げ、昼は味噌カツ(ヒレ)にエビフライと三食揚げ物は身体に悪いものの、揚げ玉が入れ放題なので明日に活力を入れる意味合いで多めに盛りました。

 太閤口からコインロッカーに入れた大き目のトートバッグを引き取り、グランドキヨスクで東海版のポケット時刻表をSuicaで買い、桜通口からこのまま横断歩道へ。以前は定宿の『ホテルアソシア・名古屋ターミナル』が目の前でしたが、ここと道を挿んで反対の大名古屋ビルと大々的に改築工事が進められ、2本目の交差点をジュンク堂が入ったビルを左折して「名鉄イン」の青文字のネオンが点っていたのでここだな!とすぐ分かり、3年前のオータムフェスタで来た時は少し北側の名古屋駅前に泊まりましたが、駅から少し離れて疲れた事もあってHPを見ると少し入った所の桜通の方がやや駅に近くで且つ朝食にモーニングの代名詞・コメダ珈琲店がホテルの1階に入って頂けるのでこれで楽しめます。先客のお姉ちゃんが居たので少し待って柳沢慎吾系のフロントマンさんから7階の部屋へ案内されてカードキーを差し込むと照明ON。入るなり早速入浴してから自宅へ電話を入れて下書きをするも飲み物が欲しくなったので4階に降りてオランジーナを買ってネットブック片手に打ち込みつつ名鉄インの一室からアップしました(幸い、備え付けのLANケーブルで接続できました。万々歳!)。

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2014年3月12日 (水)

H26.03.12 京浜地区(根岸駅その1)

 18きっぷ遠征片手の春遠征も今日が二度目です。今回は京浜地区でもとりわけ、根岸駅のタンク車を色々と44t積みや昨年の秋口からタキ1000のH6新製の2桁車が早々全検出場したナンバーがまとまって出回ってこの辺りを押さえて行こうと出かけて来ました(本来は2月中に赴く予定が大雪の影響等で出られませんでした)。いつもは立川まで南武線経由、鶴見線を午前中に軽く回ってから根岸へ赴きますが、先月、横浜線にE233系が入ったので何処で当たるかはお邪魔してのお楽しみといった所です。

 西八王子の南口からバスで八王子駅南口行きに乗ると8時10分発は富士森公園経由(ロマンチカのラッピングバスが来ました)と南大通り経由が続き、後者に乗ると始発時点は貸切状態で3箇所の乗車は無く、元の市民会館前である南大通り、本立寺前と少しずつ乗って来て一安心。朝でお忙しいのか結構ドア間に固まって。三小の西側から流れが滞って16号の交差点故にここは仕方ありませんが、またここは信号の付け方が馬鹿かという程、間隔が短く、信松院の十字路みたいに歩車分離にしてくれればと町会の皆さんも仰って頂ければ幸いですが………(と日頃のマイカーの不満と重なります)。

 八王子駅の南口で降りると丁度根岸からの8097列車がEH200に牽かれて到着した所でまずは昨日、J-TRECから到着した東急1000系の様子をチェック。今日長津田へ送られる分が手前でHD300に繋がれた格好で3両編成2本が連結。1600形はダブルパンタになっていたのを先月は宵の内だったので暗くて分かりませんでしたが、時間があればサザンスカイタワーのデッキからでも。このような形で止まって左が高尾方、下の行が南側です。

1401+1451+1351+1354+1301+1251 (3/13発)
←HD300-8+◀1701+1601+1501▶+◀1704+1604+1504▶ (3/12発)

 珍しいシーンをデジカメに収めてから漸くゲートイン。5・6番線へ行き、横浜線の電車でE233系は来ないかな?と楽しみにしている一方で目の前は8097列車で到着した根岸のタキ1000が連ねてここでは午後の8092〜8095列車の予習になるのでノートにナンバーだけを書き出します。

 お目当てにしていた八王子発8時48分発の東神奈川行き(820K、クハE233-6001×8/横クラH001編成)は運良くE233系の担当に当たり、東神奈川まで乗り通します。二回目とはいえ、横浜線のトップ編成に当たったのは嬉しい話でいつもは乗り通すと相模原から小机あたりは居眠りタイムと決めていますが、新旧の入れ替わりも手伝い、今回は割かない代わりに頑張った次第です。E233系は中央線の快速電車ではお馴染みの存在ですが線区によって雰囲気や造りが違っているのも楽しみでシートの色使いやLED照明の採用、Wimax対応と埼京線バージョン、案内表示は京葉線&常磐緩行線バージョンに近いかなと言った雰囲気です。時間的にも朝のラッシュから少し外れた時間帯ながら結構乗っていましたが、横浜市内に入ると6ドア車のシートを畳んでいた時間帯なのでこのへんの様子も見て。意外とマスター、乗るのは午前中でも昼前の事が多く、朝に乗るのは高3の横浜博に出掛けた時以来なのでゆうに四半世紀ぶりです。E233系も私が知っている範囲で6本就いていますが、橋本と橋本〜相模原間、十日市場、鴨居と擦れ違い、また淵野辺を挿んだ矢部と古淵では旧山手線編成の205系と擦れ違いました。横浜市内に入ると乗り具合もドアの周りは結構固まるものの、ドアの間は疎らといった具合で205系とE233系の違いも見いだせ、1時間弱で東神奈川に到着。

 東神奈川は2番線の到着。降りると早速この東神奈川のスタンプが貼られて浦島太郎のスタンプをデジカメに収めてから3・4番線へ。3番線から前の2〜3両をデジカメに収めてこの間も八王子の4番線から同じような事を行いましたが、今度は片倉あたりで前3両片付けたいと思っております。

 東神奈川から9時48分(遅れて51分発)の大宮行き(944A、クハE233-1036×10/宮ウラ136編成)で鶴見へ向かいます。この間では京急新1000形のエアポート急行や鶴見折返しと見ての道中です。

 鶴見で通過する列車の様子を見ると今回は京浜東北線の信号故障@東京駅の影響からややキツメになりましたが、貨物列車も掻い摘む形で見ました。E233系に乗ったなら湘南電車の同系もご挨拶したいと思っても南行に被ったりとなかなか見られませんでした。この間に高島貨物線を通過する列車をウオッチします。

・1153列車…コキ100系の4両ユニット車中心で当日はコキ100-100の連結、ガレキ輸送用のUM8Aが積まれた様子も見られました。
←根岸 EF210-128+コキ103-4+102-4+3+103-3+101-99+100-99+100+101-100+103-27+102-27+28+103-28+103-142+102-142+141+103-141〜(東海道線の下り線を『踊り子』107号が被って不十分になりましたが………)

・3072列車…仙台タ〜相模貨物のコンテナ列車でEF65の牽引、前7両がコキ50000、後8両がコキ104の連結で前の方にUM8Aが積まれた車があったのでこの辺りが横浜羽沢着のものと思われます。

○3093列車…本来ならEH200の牽引ですが、先週の高崎行きと同様にEF64牽引で北関東向けは最長20両編成になる所、EF64、EF65牽引になると積車18両に抑えてしまいます。2両目の49番は全検出場間もないナンバーです。メモ程度ですが、停車中に確認した様に書き足してみました。
△倉賀野
EF64 1025[更新色、冷風]
タキ1000-306 JOT[E]/根岸 A重 
タキ1000- 49 JOT[E]/根岸* (A重)/石油類)黒地
タキ1000-850 JOT[E]/根岸
タキ1000- 83 JOT[E]/根岸* 全検25-11-15川崎車、自重16.6t
タキ1000-191 JOT[E]/根岸*
タキ1000-619 JOT/根岸 全検25-9-5川崎車、自重16.7t
タキ1000-212 JOT[E]/根岸*
タキ1000-765 JOT[E]/根岸
タキ1000-235 JOT[E]/根岸* 無
タキ1000-608 JOT/根岸 無
タキ1000-262 JOT/根岸* 無
タキ1000-806 JOT/浜五井 無
タキ1000-533 JOT[E]/仙台北港 無
タキ1000-160 JOT[E]/根岸* 無
タキ1000-479 JOT[E]/根岸 無
タキ1000-157 JOT[E]/根岸* 無
タキ1000-428 JOT[E]/根岸 全検24-12-3川崎車、自重16.9t 無
タキ1000-237 JOT[E]/根岸*
根岸*=旧郡山常備車

 鶴見から10時27分発(遅れて29分発)の磯子行き(901C、クハE233-1038×10/宮ウラ138編成)で横浜まで向かい、車内では根岸の一発目の準備で整えながら過ごします。東神奈川の留置線も205系がいつものように2〜3本顔を並べて昼寝して2・3番線は空振りでしたが、横浜駅で向かう途中の八王子行きに擦れ違います。

 横浜駅は駆け足で改札を出入りしてまずはお手洗いを済ませて駅員さんが居る窓口から出て自由通路の崎陽軒でお昼の『シウマイ弁当』をSuicaで。ほんの1〜2分ですが、再び入ると先程も詰め寄った親父さんが相変わらずでこういう所で相談する中高年はどういう感覚で使っているのか気になる所で新横浜駅が東海道新幹線が来てここが同じJRでも東海の運営なので混乱する方が多いようですね。再び3・4番線に戻って朝の茶事はホットが無かったのでこのままホームの川崎方で出入りする電車をあれこれウオッチして横浜線の電車が来るとデジカメのシャッターを切る次第です。

 横浜から10時57分発の磯子行き(949B、クハE233-1066×10/宮ウラ166編成)で根岸まで乗ります。例によって桜木町、関内の下車が多く、ここを過ぎると乗りが疎らになるので空席が目立つと周りの状況を伺わないのか空気が読めないオッサンが多いのでこちらは横浜方の1/3へ。根岸で素早く降りるのも兼ねています。

 根岸で降りると先ずはいつも地元で見る85列車の出発直前で昨日のこの列車と同じナンバーが入る事が多く、EF210も午後の列車でまた根岸に来るので言わば復習、予習みたいな形で後で時間が出来た時にiPod touchにまとめる次第です。

○94(〜85)列車…昨日の85列車と全く同じ顔触れが続き、2両目のナンバーが間違えていましたのでここで訂正させて頂きます。昨日は14両編成で6両目の249番が切り離されて、後3両増結されて16両に増えた事が分かります。
△八王子
EF210-133
タキ1000-145 JOT[E]/根岸*
タキ1000- 91 JOT/根岸*
タキ1000-369 JOT[E]/根岸* 石油類)黒地
タキ1000-586 JOT[E]/根岸
タキ1000-602 JOT[E]/根岸
タキ1000-229 JOT[E]/根岸* 無
タキ1000-820 JOT/浜五井 無
タキ1000-169 JOT[E]/根岸* 無
タキ1000-486 JOT[E]/根岸 無
タキ1000-355 JOT/根岸* 無
タキ1000-258 JOT[E]/根岸* 無
タキ1000-440 JOT[E]/根岸 無
タキ1000-295 JOT[E]/根岸*

タキ1000-215 JOT[E]/根岸* 石油類)黒地
タキ1000- 70 JOT[E]/根岸* 全検25-11-9川崎車、自重16.9t
タキ1000-540 JOT[E]/仙台北港
根岸*=旧郡山常備車

○5160列車…最初は川崎貨物発のオイルターミナル専用列車のフィーダーかなと思いましたが、車票を見ると全車交検車ばかりでこの時期にしては軽い組み合わせです。
△川崎貨物
EF64 1023[更新色、冷風]
タキ1000-430 JOT[E]/根岸 全検25-7-4川崎車、自重16.9t
タキ1000-199 JOT[E]/根岸* 無○
タキ1000-492 JOT[E]/根岸
タキ1000-583 JOT[E]/根岸
タキ1000-156 JOT[E]/根岸* 石油類)黒地
タキ1000- 69 JOT[E]/根岸* 全検25-9-28川崎車、自重16.8t
タキ1000-497 JOT[E]/根岸
タキ1000-604 JOT[E]/根岸 全検25-5-9川崎車、自重17.0t
根岸*=旧郡山常備車、○=制輪子性能向上車、*=特殊ナット試行車

 丁度見ている時に時折現れる熱心にメモをとるお爺さんも現れてどの様にご活用されているのか気になりますが、年配の方でもキャップやジャンパーは何処か雰囲気が無く、声を掛けづらいですね(知識も無いのにこんな事やるなら有隣堂で立ち読みしてろ!と思うのが本音です)。合間が出来ると8760列車で到着したタンク車をノートに番号を書き出し、結構長く止まる事と同じ倉賀野行きの8777列車と対なので隙間からのチェックとは言え、予習に勤しむ形です。

○4091列車…一杯の20両編成で1番線に入ると前の2両はホームからはみ出てしまい、機関車の番号は別の方法でチェックしましたので後ほどご期待あれ。
△宇都宮タ
EF210-128
タキ1000- 41 JOT/根岸* A重
タキ1000- 8 JOT[E]/根岸* A重
タキ1000-119 JOT[E]/根岸* A重
タキ1000-176 JOT/根岸* A重、石油類)黒地
タキ1000-480 JOT[E]/根岸
タキ1000-584 JOT[E]/根岸
タキ1000-198 JOT[E]/根岸*
タキ1000-784 JOT[E]/根岸
タキ1000- 62 JOT[E]/根岸* 
タキ1000-292 JOT/根岸*
タキ1000-569 JOT[E]/根岸
タキ1000-163 JOT[E]/根岸* 無
タキ1000-418 JOT[E]/根岸 全検25-5-30川崎車、自重17.0t 無
タキ1000-158 JOT[E]/根岸* 無
タキ1000-223 JOT[E]/根岸* 無
タキ1000-852 JOT[E]/根岸 無
タキ1000-508 JOT[E]/根岸 石油類)黒地
タキ1000-231 JOT[E]/根岸*
タキ1000-425 JOT[E]/根岸 全検25-6-3川崎車、自重17.2t
タキ1000- 25 JOT[E]/根岸* 全検25-10-25川崎車、自重16.8t
根岸*=旧郡山常備、*=特殊ナット試行車

 埒が明かず、根岸から12時05分発の南浦和行き(1116B、クハE233-1068×10/宮ウラ168編成)で山手まで行く事にしました。根岸線は結構乗っている割には途中は磯子や桜木町とめぼしい駅しか降りたことがなく、山手駅は前から東京の近場では珍しくトンネルに囲まれた駅として知られているので出入りする電車を収めるにはもってこいロケーションです。余談はさておき、4091列車を牽くEF210もバッチリとキャッチ。

 乗って来たのが北行だったので今度は南行の1番線へと移動します。落ち着いた住宅地に囲まれ、周辺には高層マンションが全く見られないロケーションで21世紀の今となっては貴重(?)なエリアです。地下道を通った際に今年、開駅50周年(=つまり根岸線の桜木町〜磯子間の開業と同じです)を迎えますが、新しく出来た駅の様にトイレや壁面が新調されていたのが印象的です。1番線の横浜方で待つ事にして、E233系を見ると中央線や横浜線と身近で見掛ける割には沿線の雰囲気が今一つですが、根岸線はこの山手駅に囲まれたトンネルは良い味を出しています。

 山手から12時13分発の大船行き(1039A、クハE233-1062×10/宮ウラ162編成)で根岸へ戻り、8571列車をそのまま確認するので従って乗る位置も横浜方の最後尾です。

○8571列車…先程の4091列車と並んだ20両編成ですが、所々タキ43000が連結されて最速75Km/hの列車と言う事が分かります。気になるナンバーでは243715番の現車データが前に見た時、間違えていたのでここが正しいものです。また、浜五井からの移動したタキ1000-279番もあります。
△宇都宮タ
EF210-155
タキ1000-104 JOT[E]/根岸* A重
タキ43616   JOT/根岸 全検24-5-25川崎車、自重15.8t A重、石油類)青地
タキ1000-127 JOT[E]/根岸* A重
タキ1000-125 JOT[E]/根岸* A重
タキ1000- 64 JOT[E]/根岸*
タキ1000-791 JOT[E]/根岸
タキ1000-244 JOT[E]/根岸*
タキ1000- 88 JOT[E]/根岸*
タキ243736  JOT/浜五井# 全検24-11-1川崎車、自重15.8t
タキ1000-614 JOT/根岸 全検25-9-9川崎車、自重16.7t
タキ243715  JOT[e]/浜五井# 全検25-1-19川崎車、自重15.9t 石油類)黒地
タキ1000-153 JOT[E]/根岸* 無
タキ1000-538 JOT[E]/仙台北港 無
タキ1000-268 JOT[E]/根岸* 無
タキ1000-794 JOT[E]/根岸 無
タキ1000-222 JOT[E]/根岸* 無
タキ1000-279 JOT/浜五井# 無
タキ1000- 72 JOT[E]/根岸*
タキ1000-267 JOT[E]/根岸*
タキ243750  JOT[e]/浜五井# 全検25-1-9川崎車、自重16.3t 石油類)黒地
根岸*、浜五井*=旧郡山常備車、浜五井#=旧本輪西常備車

 後3両は跨線橋の窓越しからの確認になりましたが、前後して8760列車や5474〜5463列車の編成を確認しながら(撮影は手前が遮って無理ですが)次世代自販機で『朝の茶事』のホットを買い、待合室での昼食タイムとなります。

 この後は8760列車で着いた編成も積込み線へ入れる番となり、後で同じ編成が8777列車でそのまま入るので気になりませんが、この後で同じ倉賀野からの5078列車が到着するとこちらもその2で5079列車の項で合わせてご紹介しますが、先週の高崎行きの際に確認したのとほぼ同じ顔触れです。

○5474(〜5463)列車…冬場のピーク時は南松本行きのタキ1000が後方にぶら下がりますが、3月の声を聞くと共に通常の坂城行きだけの編成になります。15両編成のうち、タキ43000(全て44t積み)が3両連結され、最後尾の243883番は昨年の全検出場後初顔合わせでBトレのステッカーにもこのナンバーがあります。
△篠ノ井(坂城)
EF64 1035[更新色、冷風]
タキ1000- 40 JOT[E]/根岸* A重
タキ243709  JOT[e]/浜五井# 全検25-1-28川崎車、自重16.1t 石油類)黒地
タキ1000-194 JOT[E]/根岸* 
タキ1000-567 JOT/根岸
タキ1000-772 JOT[E]/根岸
タキ1000-298 JOT[E]/根岸* 石油類)黒地
タキ1000- 18 JOT[E]/根岸* 全検25-9-20川崎車、自重16.7t
タキ1000-474 JOT[E]/根岸 無
タキ1000-532 JOT[E]/仙台北港 無
タキ1000-817 JOT/浜五井 無
タキ1000-297 JOT[E]/根岸* 無
タキ1000-238 JOT[E]/根岸* 無
タキ243749  JOT[e]/浜五井# 全検24-12-13川崎車、自重15.8t 石油類)黒地
タキ1000-818 JOT/浜五井
タキ243883  JOT[e]/浜五井# 全検25-9-25川崎車、自重15.9t 石油類)黒地
根岸*=旧郡山常備車、浜五井#=旧本輪西常備車、*=特殊ナット試行車

 一通り片付くと跨線橋に登ったり、奥へ収容するタンク車の列も入ってあとで車票が差し込まれると倉賀野行き(5168レ〜5763レ)や八王子行き(8461レ?)あたりかなと言った雰囲気です。タキ43000の44t積みでも未確認を見付け、京葉地区からの移動車で243813(全検25-4-26川崎車[30-7-27切]、自重16.1t/エコレールマーク下向き)、243816(全検25-4-15川崎車[30-7-16切]、自重16.0t)、この間地元で確認した243792番に跨線橋から見えた範囲には243766、243746の2両もありました。

 ここで本牧からの5692列車に乗せる貨車が来るのですが、今日は珍しく神奈臨の機関車は参上せず。少々寂しいものです。

○(8460〜)8479列車…タキ1000に混じってタキ43000も連結されて現車データ未確認だった243815番を漸くキャッチし、宇都宮タ行きの8569〜8564列車の常連でいつもは大宮の4番線を通過する所でメモするのですが、1番線から5番線へ収容した所でキャッチ。機関車も八王子発時点ではEH200でしたが、新鶴見からEF65(従って、今日の5692列車は単機です)に交替していることが分かります。

EH200-20→EF65 2066[JRF色、冷風]
タキ1000-147 JOT[E]/根岸* 無
タキ1000-301 JOT/根岸* 無
タキ1000-195 JOT[E]/根岸* 無
タキ1000-467 JOT[E]/根岸 無
タキ1000-476 JOT[E]/根岸 無
タキ1000-680 JOT/根岸 無
タキ1000-495 JOT[E]/根岸 無
タキ1000-372 JOT[E]/根岸* 無
タキ1000-863 JOT/根岸 全検25-8-5川崎車、自重17.3t
タキ1000- 90 JOT[E]/根岸*
タキ1000- 76 JOT[E]/根岸* 全検25-8-29川崎車、自重16.7t
タキ243815  JOT/浜五井# 全検25-1-23川崎車、自重15.9t 石油類)黒地
タキ1000-868 JOT/ 根岸 全検25-8-19川崎車、自重17.1t
タキ243725 JOT[e]/浜五井# 全検24-11-12川崎車、自重15.9t 石油類)黒地
根岸*=旧郡山常備車、浜五井#=旧本輪西常備車、*=特殊ナット試行車

 ここまで終わると根岸駅の調査活動も一段落します。

 続きはこちらです。

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2011年9月24日 (土)

H23.09.23 東京支部納涼会

 連休と台風の一週間となり、今日は与野本町で納涼会(と言うにも大幅に時期がズレましたが………)に出掛けて参りました。

 20日の晩から21日にかけて台風15号が上陸し、特に21日は夕方近く、八王子でも内陸部にしては凄い風が吹いて自室に居たマスターも生きた心地がしない気さえ感じました。当日は午前中に北野町の卸売センター(協同組合の方です)へ買い出しに出掛け、午後は近所の本屋さんで鉄道雑誌の最新号の調達と思いましたが、納涼会の軍資金の引き出しついでに昨日の午後済ませた次第です。

 行きは西八王子南口から10時を少し回ったバスに乗り、いつもは並んでもシニア客数名ですが、今日はどういう訳か多く、乗っても富士森公園辺りで降りるお客さんが多くここを見計らって前方へ。

 八王子駅からSuicaをチャージしていつもならコンテナの85列車が入線する頃合いですが、遅れている様子で2番線で電車を待つものの、10時半を回る頃にEH200の姿が見えたので慌てて4番線へ。

○85列車…iPod touch片手にコンテナ車のナンバーをメモするとアレ!火曜日に見たのと同じナンバーで本来なら水曜日の84列車で送る分が台風で抑止されて昨日にずれ込み、機織りで2連投と言う事になります。
←竜王 EH200-4+コキ104-243(空車)+1646+1215(全検20-10-28広島車/丸コロ)+107-176(新製21-10-23川重)

 西国分寺まで快速電車を一本遅らせて10時46分発の東京行き(1048T、クハE233-1×10/八トタT1編成)に乗り、8号車だったので縁起担ぎに10号車に乗れば良かったと悔やみましたが、オイルターミナルの基地には8097列車で到着したタキ1000の姿を発見。

 西国分寺で一本待って11時16分発の南船橋行き(1171E、クハ205-50×8/千ケヨM10編成)で武蔵浦和まで乗ります。この間に4番線をEF210-1(本来は京葉臨海へ行くコンテナ車を連ねた4095列車で単機の蘇我行きです)、3番線にはクハ209-514×8(千ケヨM72編成/29E運用)がやって来て一本前はイオンレイクタウンのラッピングが貼られたクハ205-52×8(千ケヨM28編成/05E運用)。貨物列車の通過と言うと慌ててノートを出したものの、単機だったので拍子抜けしました。

 今回はノート持参(念のためが正しいですね)にも関わらず車窓メモもiPod touch片手は初めて。東所沢で擦れ違う電車や新座タ構内の様子もパッパと。入換えていたEH200-16は上越線からの2090列車(もう一本の2092列車は荒川を渡ったところで擦れ違いました)、東海道線へ行く3461列車はEF210-108+ワム380000(富士、吉原行き)+コキ107・106×4(相模貨物行き=以前はコキ50000が入っていましたが、いつの間にコキ106・107に変わっておりました)、EF65 1127[JRF色/広島施行]+コキ104・106の下りコンテナ列車と停車中。

 武蔵浦和のロッテリアで海老マヨバーガーのセットとジンジャーエールで軽く昼食を済ませて12時を回った埼京線の電車で与野本町へ行くと先行の快速電車がりんかい線の電車の運用だったので抜かれる12時09分発の大宮行き(1155K、クハ205-17×10/宮ハエ31編成)に乗ります。武蔵野線で乗った電車とご兄弟の間柄、京阪神の緩行線にカムバックしたタイプの少し先輩に当たるグループで駿足かなと思いつつもATCの関係でしょうか何処か鈍足気味で今日から東北新幹線も半年振りにもとのダイヤに戻り、並走するMaxE4系は上越新幹線のたにがわ号でした。

 与野本町で降りて会場のコミュニティセンターへは歩いて5分程。入口近くで顔馴染みのU氏と顔を合わせて先月の埼玉サークルの例会は出席しなかったので支部総会以来の顔合わせです。駐車場では埼玉サークル支部委員・K氏のマイカーからサークル所有のレイアウトのレールを出している所で幹事のF氏に我が貨車部会でも来られる上尾のK氏と一緒に手伝っておりました。K氏、来月の『車掌車』で原稿を頂戴したので来慣れているのかいつもは右手の部屋へ行きますが、今回は広い部屋が取れて左手は意外と初めてです。今日は113系のラストランもあって人出が気になる所ですが、入ってみてのお楽しみに。設営が済むとこちらも店開き。『車掌車』のバックナンバー2回分と東北へのオイル輸送列車のポストカード、マスター手持ちのNゲージの模型からツートンカラーの14両にオイルターミナルのタキ1000は青一色+エコレールマークと矢羽根入りと並べてみました。

 青山でやった時の様に似た構成に戻りましたが、出入り自由と言いつつ113系組も多く、少々分が悪い様で………。顔馴染みの皆さんでも各部会・サークルの委員や幹事クラス(私鉄部会は何時もながらM氏始めいつもの面々です)にシニア会員のK氏、秋田出身の代表会員S氏、大ベテランのI天皇、品川のO氏、マシンガントークのO氏に玉川学園在住のK君と部会に顔を出す範囲では津久井のS君、茅ヶ崎のK氏(コキ入りのケースを2つ置いて下さって多謝多謝)と参上。さすがにこちらは商売上がったりで他のブースやレイアウトを覗いたり、顔馴染みの会員さんとだべったり………と客入りからするとまったりムードで。模型の方も覗いてNゲージでは埼玉サークル幹事のF氏所有の新幹線100系のX編成(民営化前に新製したグループで食堂車が付いた編成です)や向ヶ丘のM君所有の103系スカイブルー、HOゲージでは485系やオリエント急行、ダブルルーフの客車とバラエティーに富み先程現車を見たのかI天皇所有の模型の中にはワム80000もあり、E社とH社とでは長さが違っていたので驚きました。そこそこ集まって17時少し前に散会となりました。

 納涼会を終えて駅まで来た所で参加証を受付で返却するのを忘れてK支部委員達はまだマイカーへレールを仕舞うので居るだろうと慌てて引き返し、無事完了し、K君と一緒に帰路につき、与野本町17時06分発の新木場行きで武蔵浦和へ向かいます。

 武蔵浦和で乗換の間に2番線を大宮操方面へ向かうコンテナ列車の編成(EF64 1009[更新色、冷風]+コキ104×12)が通過したので後で調べてみると越谷タ→熊谷タの3097列車で台風の影響でしょうか普段は昼前に来る列車が大幅に遅れている様子で17時23分発の府中本町行きの先頭で西国分寺へ。祝日の昼間らしくレイクタウンや新三郷のららぽーと辺りの買物帰りが多く混んでいたにも拘らずドアに空いた途端に空いた座席目掛けて移動するベビーカー片手のママさんには辟易。後でK君が座って来た時に「こんな奴、10倍くらい運賃ボッてこの分を被災地の復旧資金に充てろ!」と愚痴を飛ばした位でもう少し、外環道がしっかり繋がっていたらこう言う客はマイカーだろうと少々怒り気味に。

 西国分寺で降りた所で中線にタンク車が止まっていたので編成を見ると川崎貨物→倉賀野の5763列車でEF210も新鶴見の所属で台風の影響をさほど受けていないと思いきや、通常であれば昼下がりに4番線を通過する所、2時間半程遅れている様子でした。浮島町発のオイルターミナルには青塗りに戻ったタキ43575、浜川崎発のJOT車にはタキ43321・243829・243647・1000-16・1000-621・43403・43462と連結して44t車の様に浜五井の車はあるかな?と思いつつも穴埋めでしょうか冬場にオイルターミナルの助っ人に入っていた黒塗りも参戦。もう少し止まっていたらバッチリ見られたのですが、マスターが乗った電車とほぼ同時の出発となりました。

 西国分寺から17時56分発の高尾行きで八王子まで乗り、立川で『華』の南武線へ行く『ぶどう狩り号』、浅川を渡った所で『ニューなのはな』の『もも狩り号』と山梨方面のお座敷電車を使った臨時快速に続く格好で擦れ違いました。

 八王子で降りると南口のビックカメラへK君も付いて来てiPadやお酒のコーナー(お互い下戸ですが、店内を覗く格好で)、1階のデジカメと見ながら過ごし、19時を少し回ってからのバスで帰路につくもサザンスカイタワーのスターバックスに寄り損ねました。

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2011年4月23日 (土)

H23.04.22 八王子駅+辻堂

 藤沢の辻堂に住む祖母の二番目の姉が昨朝亡くなり、お通夜へ出掛けるついでに軽めに確認しました。

 お通夜が18時半から行われるので中央線から横浜線+京浜東北線、東海道線で八王子を16時頃の横浜線に乗ると18時前に辻堂に着く計算で自宅を15時半頃に出発。八王子の5・6番線で高尾の山奥に住む親類と合流する計画です。西八王子の改札に入るといつも10時頃挨拶を交わすガードマンさんが立っていたので思わず声を掛け、時刻表を見ると15分空いておまけに学生の帰り時、退屈しのぎに持参した『東京時刻表』を携えて来たので次は大月発の中央特快で最悪だなと思いつつも何とか乗れて後方は比較的乗りが疎らでした。

八王子では中央線の2番線から横浜線の5・6番線へ。いつもこの時間は支部委員会へ出掛ける頃合いで根岸行きの84列車が止まっているなと合間にサッサと。さて、編成を見るとタキ1000ばかりの6両編成とまたまた短い編成でした。

△根岸
EF210−1**
タキ1000-168 JOT[E]/郡山
タキ1000-564 JOT/根岸 無
タキ1000-351 JOT[E]/郡山 無
タキ1000- 20 JOT[E]/郡山 石油類)黒地
タキ1000-359 JOT/郡山 常)浜五井、石油類)黒地 $
タキ1000-434 JOT[E]/根岸
$=浜五井配備車

 ここで待ち合わせる親戚というのがこの列車の元売りのガソリンスタンドを営んでいるので駄洒落めいて何処か混乱しますが、祖母のすぐ下の弟夫婦と妹(こちらも相模湖でガソリンスタンドをやっております)が来るので皆さん、後期高齢者なのでなかなか来なかったので親に私の携帯を貸して高尾山口のガソリンスタンドへ電話する羽目に。6番線の電車が入った所でやっとこお三方到着して一本遅れて16時17分発の東神奈川行きの乗り、反対側に座っていたらさぞかし驚いていた事でお清めの食事で祖母の妹の息子さんも別ルートで来てデジカメでこんなもの撮ってますよを見せてあげました。ついでに言えば安藤会員がお持ちになられたタキ1000+243000のセットも見せてあげたら喜ぶ事でしょう(ヨイショ、利害関係全くございませんのでお気になさらないで下さい)。大口を出て第二京浜を跨ぐ所で緊急停車。暫し停車して1〜2分遅れて東神奈川の3番線に到着。

 東神奈川から大船行きで横浜駅まで乗り、更に東海道線の熱海行きで辻堂へ向かいます。この辺を通るのは一度名古屋行きで『ムーンライトながら』に乗った以来ですが、貨物列車の探求では6年振り。まだ三島の東レにタンク車が来て名古屋行きの3363列車が走っていましたね。横須賀線と並走する保土ヶ谷、東戸塚は通過して戸塚は横須賀線と乗り換えられる構造で大船を過ぎて鎌倉車両センターの脇でメトロ15000系の甲種輸送に擦れ違い(後で八王子駅で見ました)。湘南の拠点駅である藤沢を過ぎて辻堂まであと一駅です。

 斎場が辻堂の北口で昨春行われたプロフェッサー氏のお座敷電車で配布した資料にも出ていた鋼材工場が閉鎖されてこの跡がものの見事に再開発が進み、ロータリーも整備して年配者が多いのでタクシーを拾うとドライバーさんも怪訝されて親と4人はこちらで行き、一番若いマスターは歩きで。何と言っても歩道が広いのが印象的でこの位の幅なら自転車にも邪魔されない気がしますが八王子市内でこれほど広い歩道はありません。神奈中のバスも頻繁に行き交い(正面に書かれた経由地の"大庭隧道"の表示を見ると市ヶ谷に居るおじさんを思い出します)、最近では通り道として定着した南大通りはノンステップ車が多いですが、こちらはエアロスターのワンステップ車(元多摩車が居ると嬉しいのですが………)が中心で綾瀬の車庫らしくいすゞのエルガも時折やって来ます。東海道線の沿線ながら色を見ただけでも近場へ来たのと似た錯覚を覚えます。ロビーで拙宅の線路の反対側に住む祖母のすぐ上の姉親子が先に到着して八王子方面はほぼ出揃い、2階の式場でお顔を拝み、遺影の写真が何でもうちで撮ったものが使われたお話で確か、昨年の5月頃に食事した時のものかな?と思って帰宅して自家用のiMacに入っているかなと確かめたら入っており、お別れの席ではありますが思わぬ形でお役に立てて嬉しい限りです。上のフロアでお清めの食事をとって親戚関係はほぼお見通しの面々となっていとこ同士は別のテーブルの半分を陣取る格好になりましたが………。海が近い湘南だけあってにぎり寿司もマグロが赤身やトロのミックス、軍艦巻にウニが入っていたので多摩地区と少し違う感覚を味わい、この所小食傾向のマスターに嬉しい小振りのにぎりです。戦前の祖母姉妹の写真を見せて皆さんに「今度お願いしますよ!」と母方のいとこの皆さん(亡くなられた上のいとこの方は前にいらした時に渡したので姉妹間違えてスミマセンでした)にもお渡ししました。あきる野の歯医者さん(本来なら今日、行く筈でしたが………)は来られなくて同級生同士で知り合った奥さんも興味深くご覧なられて嬉しい限りでマスターは「温故知新」の言葉が好きですがこの通りです。

 91歳(お誕生日で今年92歳)でお亡くなりになり、マスターが幼少の頃は割烹着姿で帳簿付けのお手伝いに良く来ていたのでこの姿がものすごく印象に残っておりましたが、晩年はカツラがトレードマークになり、顔を合わせる度話題になり、これも今後は良い思い出話になりました。合掌。

 結構はとこの方で赤ちゃんが生まれたりしてそろそろマスターもパートナーが欲しくなり、特に部会の方が年明け早々急逝されたり、いつもお世話になっている所で奥様が先立たれた事や東日本大震災発生後は我が身も無縁社会に嵌りたくないなとひしひし伝わり、女の人でもこの間、本家の会社の社員さんとお話したら前にあるおじさんから「ご夫婦ですか?」と冷やかされてお歳をお尋ねしたら最近まで現役だった名古屋の超有名な電車と同じ今年大台のお話を頂きましたので40歳前後〜50代前半(少し上もOKですが、面接を受けて年齢ではねて門前払いする話聞かれますが、こちらは柔軟に対応出来ますよ)で出来れば背丈のある人+キツくない性格+独身の方であれば大歓迎です。

 帰りは相模湖のガソリンスタンドの親戚がNAVITIMEで相模線経由が良いよと勧められて茅ヶ崎まで211系に乗り(因みに東京方面へ帰る皆さんは湘南電車版のE233系が来ました)、貨物線をEF210(2本とも100番代牽引)のコンテナ列車を通過する様子を見て、夜の東海道線は下りのコンテナ列車が往年の夜行列車同様、頻繁に下る様子が見られます。20時57分発の橋本行きに何とか座れて205系もパンタグラフが変わった情報を得ていますが、1000番代や1100番代、3000番代同様に開閉チャイムが着いたのには驚きました。茅ヶ崎からのお客さんは海老名までが中心で入れ替わりに橋本方面へ向かう流れでもう少し本数があって良いかな?と横浜管内の悪いクセを実感します。

 橋本から八王子まで山手線のお古の205系に乗り、片倉トンネルではさすが閉めますが、心配なのがこの夏です。

 八王子で降りると先程、東海道線で擦れ違ったメトロ15000系が到着し、サザンスカイタワーのアルプスでお買い物をしてさすがに節電や金曜日の夜も手伝って抑えた様である分だけ頂戴して林家たい平師匠のCMでお馴染みのデッカルチェも。南大通りを直進すると拙宅もそう遠くないのでタクシー代はマスター持ちで帰宅しました。

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2009年9月15日 (火)

H21.09.14 笠寺駅〜帰路

 今回の大きな目的だった四日市取材のリベンジも無事達成。4月に出掛けた時にキャンセルした笠寺行きの目的と言うのは笠寺駅の構内にコキ71が留置している話を聞いたので様子を見たいと言う事で帰りの新幹線までの合間を見てちょこっと見て参ります。鉄道友の会で昨日、小田急MSEのブルーリボン賞の授賞式が行なわれましたが、コキ71は13年前に貨車で初めてローレル賞を受賞した輝かしい(?)歴史を持っております。

 名古屋から16時28分発の豊橋行き(192F、クモハ313-2×4/海カキY2編成)に乗り、時間が無かったのか乗ったのはドアの脇で外側が固定されている所に腰掛け、313系同士の乗り換えですがこのパターンは松本行きで中央西線の普通電車と『みすず』の乗り換えと似ています。名古屋を出ると丁度名鉄のバスターミナルから新宿行きの京王バスが走っているのが見えて運用からすると到着は昨日、新宿を出た夜行かな?と勘繰ります。尾頭橋で東藤原へ行くホキ1000に擦れ違い、金山で向かいの男性が降りたので移るとさすがに総合駅の威力が発揮して早速埋まり、熱田は1番線に札幌タ→名古屋タの5097列車が停車して117系の昼寝も下り線側に2本、上り線側に1本が止まってこちらの浜松方にはクハ117-25×4(海カキS11編成)が連結されてこの秋に閉館する中部天竜にある佐久間レールパークの閉館記念に塗替えられた編成で6年前の本部総会で京都で見た時以来のクリーム+茶帯の出で立ちで帰りの電車も右手に陣取ろうと思い、笠寺に到着。

 笠寺でコキ71を見ようと思ってやって来たものの、今までは新幹線のすぐ隣に当たる1番線に入っていたのが何故か2番線の到着。4番線からコキ71を見ようと思ったらホームがまっ二つにちょん切られて絶句なり。どうやら、バリアフリーの工事が行なわれて1番線は通過線、2番線に上り電車や待避、3番線は上下の待避、4番線は名古屋方にホームを伸ばした格好です。仕方なく3番線から4番線の柵で遮られて構図が今一つですが何とか見る事が出来ました。

←名古屋
ワム380098+コキ71-1+2(全検20-1-23名古屋車)+3+4(全検19-6-13名古屋車) ※UM20Aはマルーンの一次型がメイン(新潟タ向け)
ワム380083+コキ71-5+6 ※UM20Aはブルーの二次形(米子向け)

 コキ71と言うと外側のカバーが印象的でしたが、裸のままで置かれて今後どうなるか気になります。また『トヨタ・ロングパスエクスプレス』牽引でマスター馴染みの新鶴見のEF210も昼寝しているのを見ると155号機が居ました(。また、2番線に突如到着したEF210牽引のコンテナ列車は福岡タ→宇都宮タの1076列車で吹田の154号機牽引。コキ104・106の22両編成、日曜日の集荷で空車が目立ち、見える範囲でコキ104の1280番以前のナンバーをメモ。一通り見た後は跨線橋を登った所で辛うじてコキ71の1番が撮れてそれから改札を出て4番線へ。

 笠寺から名古屋は17時15分発の岐阜行き(199F、クモハ311-10×4/海カキG10編成)に乗ります。整列位置にちゃんと並んでいたにも拘らず、割り込む仕事帰りのおっさん達に閉口するも豊橋方の端っこの席に座れ、熱田の117系を狙おうと思ったら『しらさぎ』の683系が一休み。思わぬツーショットが撮れて1番線にまたコンテナの列車が停車して先頭にコキ200、続いてコキ104、空車のコキ各種と昨年3月から3363列車の輸送ルートを継承した951列車だなと思ったら大当たり。コキ200は日本触媒のタキ14700が使われた千鳥町〜名古屋南貨物の液化酸化エチレン輸送、コキ104+19Dは鵜殿の紙輸送の返送でこちらも昨年3月から亀山経由から伊勢鉄道経由に変更したものです。今回の名古屋行きもここまで来ると大方フィニッシュ。

 名古屋駅に着くと桜通口の改札から出て自由通路の券売機でSuicaの履歴をプリントしてコインロッカーからトートバッグを引き取り、いつもの様にギフトステーションでお土産のお菓子を物色してういろうの一口サイズ(『青柳ういろう』の『ひとくち』、10個入り)ときしめんパイ一袋を買います。早めに新幹線の改札に入って北側の待合室で一休み。シグマリオンが不具合だったので太平洋セメントのリストを見直す程度で14・15番線に昇ると駅弁は『とりご飯』を頂き、自販機でお昼の駅弁を食べた時に静岡茶が美味しかったので夕食も引き続き頂いて自宅へ携帯の報告。コンテナの列車ではEF66牽引の名古屋タ行き、EF210牽引も下りの隅田川→北九州タ、上りの鹿児島タ→東京タの列車と通過するのを見てお目当てはN700系の『のぞみ』40号でこの間みたいにあまりお客さんが居ないかなと先頭の先っちょに並ぶと前の『ひかり』かどうか分からない若造リーマンはどうやら反応が鈍い様で前の方(東京方)では携帯で話しっぱなしのエラソ〜なリーマンと客質が悪く2号車へ並び直し、どいつもこいつも社会人としての節度に掛ける連中ばかりで参りました。

 怒りはさておき、帰りは『のぞみ』40号(783-3007×16/N7編成)に乗り、この列車は番号を見ての通り西日本の所属車(博多総合車両所[幹ハカ]所属)が担当です。ドッと乗って来る事も無く2人掛けも余裕で座れて早速『とりご飯』に舌鼓を打ち、いつもながらキメ細かいそぼろに脱帽(このブログも出来るだけキメ細かく書いております)。三河安城から豊橋へ向かう所で平らげるとキップやテーブルのプリントと撮って後はホテルアソシアで頂いた中日新聞を読んで静岡県内はほぼ居眠りしながら過ごしましたが、小田原のホームに近付くと新横浜まで近くなるのでもうここで降りる支度で新横浜は1番線(大ボケしましたが………)の到着です。

 新横浜から一本横浜線を見送って20時13分発の八王子行きにのってあと一息。番号がモハ205のキリ番で200番。昼間もタキ1000の200番を見たので降りる時に撮るかなと思い、いつもは中山〜町田くらいで座れるなと思ったら早々鴨居で座れてさすがに新幹線で熟睡したのか相模原ですっかり目覚めて八王子みなみ野に差し掛かる所で携帯が鳴って慌ててドアの前へ行き、21時を回る頃に八王子到着。南口は城壁の如く壁の覆いが高く、待ち合わせの場所が少し変わった話を頂いたので遠回りしてマイカーと合流し、デジカメも無事手元に携えて今回の遠征も無事終わりました。

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2009年8月29日 (土)

H21.08.28 京浜地区(鶴見線)

 18きっぷを使った夏遠征は今回が折り返し点。今日は京浜地区を回り、夕方はそのまま神奈川サークルの例会に出席する予定です。

 いつもの通り、京浜行きは午前中、鶴見線の沿線を回るので西八王子6時36分発の快速電車で立川まで乗ります。八王子駅の構内では後で84列車にて根岸へ送るタキ1000の編成が控えてこれも後で見られるので昨日出掛けた時にチェックしたので根岸では撮影くらい(昨日のリターンマッチで)です。

 立川で南武線に乗り換えて7時13分発の川崎行き(752F、クハ205-134×6/横ナハ13編成)に乗ります。生え抜きの車と山手線からの転属車と互い違いに折り返して自販機で買ったWANDA朝のラテを飲み干し、府中本町では引き上げる『むさしの』1号の115系を見ながら多摩川へ。南多摩から稲城長沼の引上線がそのまま高架工事の為に10月から仮線の切り替えが行われ、現在の下り線を上り線側に寄せて工事が行われます。後は矢向まで一眠りします。

 今回の遠征は神奈川のDCキャンペーンの期間内に行かなくてはならないお約束があり、ヘッドマークを付けた電車を見るのも今回の目的です。丁度、南武支線の電車で一本前の編成(山手線OB)が付いておりました。それ故に8時27分の浜川崎行き(812H、クモハ205-1002×2、横ナハ ワ2編成)は南武線のヘッドマーク付きを狙いたかったので立たされて向かいます。
・クハ205-27×6(横ナハ43編成):57F運用
・クモハ205-1003×2(横ナハ ワ4編成):01H運用
 また、南武線の209系はこれまで新製車が2本入っておりましたが、京浜東北線からの転属車も確認しました。
・クハ209-2202×6(横ナハ**編成):45F運用

 浜川崎では南武支線の改札口に尻手駅から派遣した駅員さんが立っている様子を見ていつもの様に構内の様子を見て過ごし、今日は安善行きの5989列車の運転が無くDE10がヤードの隅っこで一休み。

 浜川崎から9時7分発の扇町行き(807B、クハ205-1105×3/横ナハ15編成)で扇町へ向かいます。今まで奥の方はタキ38000が夏場列を成して休んでいましたが、米軍用に転出した影響でしょうか今年はタキ43000が並び、側面のエコレールマークの跡がくっきり覗かせていたので少し前までオイルターミナルの所有車だったのは一目瞭然。
タキ43184K・43462Y・43155N・43146N・43449N・43272H・43213K○・43403Y・43210K○・43217K
JOT/根岸(旧OT/K=倉賀野、H=八王子、N=西上田、M=南松本、Y=郡山、○=青塗り)
タキ43436+243829+1000-658(旧OT)+43369

 扇町では三井埠頭の構内に太平洋セメントのホキ10000が2編成留置している様子を確認。

 扇町から再び浜川崎は9時35分発の鶴見行き(908デ、クハ205-1108×3/横ナハ18編成、横浜DCヘッドマーク付き)に乗ります。3両編成の真ん中、2両目に乗って昭和で乗ってくるかなと思いきや、お目当ての浜川崎までは貸し切り。

 浜川崎ではまず、川崎貨物からの5987列車の入線に合わせて田島踏切の前で待ち構えます。郡山からのタキ1000がメインですが、後方には旧OT車の検査上がりを併結。

EF64 1008[更新色、冷房]
タキ1000-745 OT/川崎貨物◎ ↑郡山発 新製19-3-16川重(24-4-23切) 石油類)黒地
タキ1000-747 OT/川崎貨物◎ 無
タキ1000-698 OT/川崎貨物◎ 無
タキ1000-749 OT/川崎貨物◎ 新製19-3-23川重(24-7-2切) 石油類)黒地
タキ1000-744 OT/川崎貨物◎
タキ1000-721 OT/川崎貨物◎ ↓(塩浜派出から交検出場)
タキ43299   JOT/根岸 [交検出場]
タキ1000-461 JOT/根岸[旧OT/宇都宮タ] 全検21-8-26川崎車、自重17.2t[全検出場] 
タキ1000-444 JOT/根岸 全検21-6-3川崎車、自重17.1t 石油類)黒地[交検出場]

 この後は5763列車(倉賀野)に乗せるタンク車の入換が始まると最初、3番線側に引き上げてくると思ったものの、カンが外れて南武支線のホーム側へと引き上げ、一旦外に出るとFrom aquaを仕入れて大損なり。
←タキ43250+243808+43108+243821+43279+43256+1000-246+43255+1000-276

 浜川崎から安善へ10時24分発の鶴見行き(クハ205-1105×3/横ナハ15編成)に乗ります。例によって武蔵白石を出たところでドアの前に立ってタキ38000の入線状況をチェック。

 安善で降りるとタキ38000の成果を期待したものの、ホームから見える範囲で見ると先月の14日に拝島で確認した編成がそのまま入線してデジカメは違えど被写体が同じナンバー(鶴見方が青梅方に当たります)で少し物足りません。
構内入線=タキ38054・38121・38106・38090・38113
←扇町 タキ38094+38046+38053+38139+38010+38017+38067+38095+38117+38036+38007+38136+38130

 安善からは次の10時48分発の鶴見行き(1012デ、クハ205-1104×3/横ナハ14編成)の最後尾に乗ります。弁天橋の車庫では南武支線の205系の他、鶴見線の横浜DCヘッドマーク付きも2編成確認しました。

 鶴見で乗り換えの間、E233系の運用チェックや東海道線のコンテナ列車(5060列車 広島タ→東京タ)はEF210-3牽引、高島線を通過する根岸行きは八王子からの84~95列車。EF210-110牽引で昨日、八王子で確認した81列車の返送に相当します。

 鶴見から横浜は11時13分発の大船行きに乗ります。東神奈川の車庫で昼寝するE233系の本数が増えた事も実感。

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2009年3月27日 (金)

H21.03.26 京浜地区(鶴見線沿線)

 18きっぷを使った春遠征の4回目は京浜エリアを回ってまたまたダイヤ改正での変更点探しです。

 昨日はうちのアパートを建ててから1階にずっと住まわれていた学生のお兄ちゃんが卒業に合わせて引越となり、葛飾にお住まいの母上様とお昼前、ご挨拶に。相模湖の学校へ通っていたので親類の家(祖母の妹宅)の土地にあるアパートと同じ所で親近感がありました。午後は不動産屋さんが顔を出して。

西八王子から立川までは6時36分発の東京行きに乗り、8号車ながらE233系のトップナンバー入りのT1編成に乗車。八王子では早々と中央線の下り線と横浜線の5番線の間に根岸へ返送する84列車のタキ1000が入り、窓越しながら根岸で見る予習をして今日は都合8両の連結。5270列車の頃は根岸行きだけの時は出る時間帯で乗る前の予習だったのですが、今度は同じ編成をウン時間後にまた見る事になります。立川で降りた際に10号車のローレル賞プレートを確認したかったものの、どうもマスターの身長では見落としてしまいます。

 立川から7時16分発の川崎行き(752F、クハ205-131×6/横ナハ10編成)に乗ります。待っていると4番線に201系(クハ201-107×10/八トタH4編成、83T運用)が顔を出し、遠征に出る日は偶然ながらオレンジ色の車とご対面が続きます。南武線は14日に西府駅へ見に行った以来で今日は改めて位置関係を再確認。車掌さんも車内放送で新駅をPRしておりました。府中本町は丁度『むさしの』の115系が多摩川寄りへ引上げる所で前は擦れ違う様に八王子行きのタンク車が見られたのですが、20分程後になり、多摩川を渡ると南多摩、稲城長沼と中央線の時と同様に上下線の間隔が広がって高架線の工事がこれから進められる様子が感じ取れ、稲城のこの辺りは梨畑をはじめとした田園風景豊かな地域でしたが、多摩ニュータウンの東端に近く、段々と開発が進む様子が感じ取れます。川崎市内に入ると居眠りして途中武蔵溝ノ口、平間で209系に擦れ違い、矢向で降りる支度をします。

 尻手で降りた途端、粉雪がまってこの間桜の開花宣言が告げられたものが番狂わせの花冷えに。先週と違って厚めに着込んで正解かな?南武支線に乗り換えると205系のパンタグラフがシングルアームに変わって前は八高線の3000番代や仙石線の3100番代と行なわれていたものの、久し振りに他のグループまで進みました。

 尻手から浜川崎は8時26分発の南武支線(826デ、クモハ205-1001×2/横ナハワ1編成)に乗ります。こちらのクモハ205もシングルアームに変わっております。

 浜川崎で降りると同じ頃合いにEH200が新鶴見へ回送するのですが、ダイヤ改正で少し時刻が変更されたみたいで先に5989列車で安善へ行くDE10 1554が参上。EH200は15分程繰り下げて13号機が通過。少し後で貨物線を東京タ方面にEF64 1004[更新色]+コキ104・106のコンテナ列車が通過すると上越線からの列車かなと思いきや、今回のダイヤ改正で新設された隅田川からの北九州タ行きである2076列車(東海道・山陽線の1077列車)です。EF64の1000番代と言うと昨年来、隅田川発着のコンテナ列車を一手に引き受けた感がします。

 浜川崎から9時7分発の扇町行き(809B、クハ205-1108×3/横ナハ18編成)に乗ります。前後して南武支線の尻手から回送したクモハ205-1003×3、弁天橋から試運転のクハ205-1104×3と珍しくヤードの発着線に顔を並べて機関車や貨車ならピンと来るものの、電車は何処か場違いな風景です。構内には入換えのDE10 1594の他、タキ43130・43360・44211・43113・43257・43281・243807・1000-279・1000-610・43457・43448・43280・243808・43327・43471・1000-273と入線。後で確認するとタキ43000は根岸や浜五井からの移動車が多い様です。

 扇町は一度駅の外に出て海側にある三井埠頭に止まっているホキ10000の先端を確認し、本来であれば三ケ尻からの空送が浜川崎で止まっている所が見えなかったので2本並んで左手にホキ10118+10065〜の編成、右手にホキ10105+10224+10159〜の編成と在線。

 扇町から今度は9時35分発の鶴見行き(908デ、クハ205-1109×3/横ナハ19編成)で浜川崎へ戻ります。粉雪でぐずついた空模様もこの頃からすっかり晴天に。再び浜川崎のタンク車の様子をキャッチ。

 浜川崎で降りるとお目当ては5987列車の編成確認ですが、待っているとどんどんとコンテナ列車が東海道貨物線を通過。遅めの社会科見学なのでしょうか詰め襟の中学生の集団がゾロゾロと。
・3082列車(八戸貨物→東京タ→名古屋タ):EF66[更新色]+コキ106×1+50000×22
・5066列車(下関→東京タ):EF210-115+コキ104・106×24
・2077列車(東京タ→隅田川):EF65 1084[JRF色]+コキ104×20
・EF64 1018[更新色、冷房]→4073列車の送り込み
・5097列車(札幌タ→東京タ→名古屋タ):EF66 24[更新色、冷風]+コキ104・106×20
・2099列車(東京タ→新座タ):EF210-8+コキ104・106×24(104-10004連結、日通UH6A)
・1153列車(東京タ→根岸):EF210-14+コキ106+コキ100ユニット
・3072列車(宮城野→東京タ):EF66(100番代)+コキ50000×20

○5987列車…前は5586列車から継送した宇都宮タからの返送車でしたが、編成を見ての通り、矢羽根のタキ1000オンリー。1074列車から継送した郡山発と言うのも一目瞭然。浜川崎で見るEF64の1000番代と言うと奥多摩の石灰石輸送列車を思い出されますが、今の更新色に塗替えてからは牽引経験が無いのが残念です。
△(鶴見)
EF64 1035[更新色、冷房]
タキ1000-747 OT[r]/川崎貨物◎ ↑郡山発
タキ1000-736 OT[r]/川崎貨物◎ 新製19-2-14川重(24-5-20切)、自重17.2t
タキ1000-710 OT[r]/川崎貨物◎ ↓ 新製19-2-2日車(24-3-8切)、自重17.2t

 ホームに移ってから午後の5763列車(倉賀野行きでこのダイヤ改正で旧5771列車の発送分を統合)に乗せると思しきタンク車が引き出されて来ました。
←鶴見 タキ243827+1000-615+43121+43400+43279+43436

 浜川崎から10時24分発の鶴見行き(1008デ、クハ205-1108×3/横ナハ18編成)で安善へ向かい、最近、米軍用のタキ38000が入る様になったので今日、首尾良く見られると初顔合わせで楽しみです。秋遠征(=『鉄道の日きっぷ』使用)はパスしたのでご当地は半年振りの訪問。

 安善では念願の米軍用タキ38000とご対面。通勤ルート途上のK氏や郵送のO氏と目撃情報を耳にしたのでマスター自体、拝島へ足を赴きつつも既存のタキ35000オンリーと落胆した事がありました。ホームから見える所の群線で15両+5両、貯油所構内にも数両在線。タキ35000に構内のカーブ上に36020、36022、36030と入線。2番線から見てタキ38000がズラリと並んだ姿は以前、東武の北館林行きで良く見られた顔合わせで今となっては不可能となりましたが、PASMO片手で出掛けた事もあったのでは?と後で経歴を調べると浮島町や浜川崎からオイルターミナルの応援用や根岸と前から京浜地区に居た車が多く、手持ちのデータでもすぐ分かりました。
奥の5両=タキ38063・38106・38078・38081・38010
上り線寄りの15両=(←扇町)タキ38117・38036・38090・38017・38107・38006・38094・38046・38102・38104・38075・38057・38062・38071(全検21-1-9名古屋車、自重17.0t)・38053(全検21-1-9名古屋車、自重17.0t)

 今日は5986列車に乗せる貨車も無く10時48分発の鶴見行き(1012デ、クハ205-1106×3/横ナハ16編成)に乗ります。弁天橋の車庫を見ると昼寝している205系は全てシングルアーム化が確認されています。

 鶴見を降りると前は折り返すと扇町行きになる事が多かったものの、正面の幕を見ると新芝浦行きになり、随分パターンが変わった事を感じさせ、日中も扇町行きは2時間に1本、殆どが浜川崎折返しに変わった事も先程、扇町の時刻表を見た時は驚きました。各駅のポケット時刻表を頂戴してから乗換の窓口で「京浜東北線に乗り換えます」と告げて東口のトイレで用を足してから駅ビルが封鎖されている事で寂しさを感じさせます。京浜東北線のホームに出て11時13分発の大船行きで横浜へ向かいます。東神奈川の電留線の顔触れも205系や209系に加えてE233系も随分増えて『スーパービュー踊り子』1号と並ぶかの様に横浜駅に到着します。

 続きはこちらです。

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2008年3月27日 (木)

H20.03.26 京浜地区(鶴見線沿線)

 18きっぷを使っての春遠征も折返し点に差し掛かり、気が付くと梅から桜のつぼみが膨らむ時期に入って今回は鶴見線の沿線や根岸駅と京浜地区を回りました。

 西八王子から乗る6時36分の東京行きは運用番号が55T運用から75T運用に改まり、今日はE233系のT10編成(クハE233-10×10)の担当。西八王子でクハ201-128×10(八トタH7編成)、八王子で早々83列車(根岸→竜王、ダイヤ改正前の2081列車)が到着しているなと思ったら今回のダイヤ改正から新設された川崎貨物→篠ノ井行きの8093列車。EH200-10+JOTタキ1000×6の編成で根岸から坂城や村井行きの組成と一目瞭然。根岸から川崎貨物まで5166列車、村井行きは南松本から8684列車、坂城行きは篠ノ井から8760列車に継送されます。H10.10改正から2年余り運転した8461列車(根岸→篠ノ井の臨時列車)を編成が短いものの復活した格好でこちらは現在の2087列車に相当するポジションですが、どちらかと言うと改正前の5463列車や5474〜5479列車で送られた分が統合した格好です。川崎貨物発なので浮島町から南松本や西上田向けも連結されるのでは?と思われますが、時期によっては見られる可能性があります。浅川の鉄橋を渡って83列車と擦れ違い。

 立川で乗り換えて青梅線用のE233系を少し見てから南武線の7・8番線。エキュートのオープンに合わせて番線が一つずれて私が乗った電車の車掌さんも5番線と4番線を間違えてアナウンスしていた様です。所々貼り直された様子を見て7番線側に並ぶとE233系のT1編成は来たものの、京葉臨海からの5481列車が23時台の2081列車にスピードアップしてEF210がこの頃に牽いて通過する姿は見られなくなりました。

 立川から7時14分発の川崎行き(752F、クハ205-1203×6/横ナハ48編成)で尻手まで乗ります。クハ205、クハ204はサハ205に運転台を付けたタイプで八高線や仙石線、南武支線、鶴見線の所属車と同じ顔をしています。運転台は付けたものの、この編成はオール山手転属車です。座席をほぼ埋めて出発し、谷保と分倍河原の間に新設される西府駅の工事が進められてホーム、駅舎と骨組の組立が進められ、前はこの電車に乗ると府中本町の2番線に『むさしの』号の115系が到着するものの、昨日の濃霧の影響でしょうか遅れている様子です。多摩川を渡って新鶴見の脇に差し掛かる辺りまでは居眠りタイム。

 尻手で乗換の合間に撮影を楽しみ、今回は久し振りに209系を2編成ともご対面。2本目が浦和の50〜60番台の編成同様、LEDの運行幕に変わっている点をチェック。京浜東北線は置き換えが始まったものの、こちらは暫く続投。

 8時25分発の浜川崎行き(802H、クモハ205-1003×2/横ナハ・ワ4編成)で浜川崎へ向かいます。

 浜川崎の乗換の間、ヤードの様子を確認し、前は5989列車で浜川崎に着くと安善行きは5989列車、扇町行きは5993列車と分割されるパターンでしたが、今回のダイヤ改正で昭和電工の化成品輸送が中止されてこれからは先に安善へ行く所、タキ35000の交検上がりが見られず、このまま扇町へと向かいます。

 浜川崎から8時47分発の扇町行き(809B、クハ205-1103×3/横ナハT13編成)で扇町まで乗ります。今までは9時台の乗車が多く下手すると貸切の事が多かったものの、始業に合わせてそこそこの乗車。ヤードにはチチブセメントのホキ10000が止まってダイヤ改正以前の5764列車は午後の到着でしたが、熊谷タを早朝に出発。長らく3880列車が走る時間帯でしたが、今回のダイヤ改正で廃止された為、大幅に繰り上がり、岡部から返送されるタキ1000と合わせて最長40両編成の編成でしたが、再編する格好で独立しました(詳しい事は根岸の項をご覧下さい)。浜川崎のヤードでは10時頃まで約4時間の大休止。尻手方からホキ10076、10138、10155、10243、10025、10104、10117、10115、10069、10074、10037、10177、10064、10194、10062、10089、10114、10051、10107(1両失念)と連結。タンク車はタキ38115、38077、43229、43557、243801、38083、38069、38123、243821、43301、43380、43283、243787、38047、43581、1000-615、1000-273と入線。

 扇町駅の様子は発着線の真ん中に置かれたチキ7000が見られなくなり、昭和駅方にタキ18600(118602+18695+118601+18696/118623+118600、いずれもNRS所有)と入線。タキ5450は海側に3両(関西化成品輸送145468、NRS145488、関西化成品輸送×1)、内側に6両(JOT×5、NRS×1)と場所柄、一般の方が立入り不可故に写真撮影厳禁の場所柄も手伝い、手短にまとめておきました。

 扇町で手持ちのPDAを拡げるものの、照り返しでディスプレイが反射して見えなかったのでひたすら回りの様子を見て過ごします。

 扇町から9時15分発の鶴見行き(904デ、クハ205-1101×3/横ナハT11編成)で再び浜川崎へ向かいます。2号車はマスター一人の貸切状態で昭和の乗車はゼロ。ガラガラの車窓越しの向こうからタキ18600の撮影を楽しみ、扇町へ向かう時はホキ10000のメモ程度でしたが今度は奥に止まっているタンク車のナンバーを書き出します。

 浜川崎に戻って田島踏切の回りで色々と見ました。9時40分頃から入換作業が始まり、鶴見線のホーム方へ誘導。中には暫く倉賀野行きの列車で見掛けたステンレスタンクを持つタキ143645が入り、今春の遠征では3連チャンのご対面。
←鶴見 DE10 1155+タキ143645+43225+243829+1000-302+44218(全検18-10-19川崎車、自重16.5t)+243827(全検19-12-4川崎車、自重16.1t)+243808など

 ここでの大きな目的が川崎貨物からの5987列車の到着を待つと宇都宮タからの返送が来るだろうと思いきや、5581/5582列車の輸送量で充分足りるのでしょうか見られずEF65 1046[JRF色]の単機で運転。他にも下記の列車が見られました。
・5066列車(下関→東京タ):EF210-106+コキ104・106×26
・2077列車(東京タ→隅田川):EF65 1085[JRF色]+コキ104・106×20(JOT[味の素]ISO20タンク、エムティビーUT9A-5000、中央通運UT10C-5000、UT20A-5000積載)
・単1792列車(倉賀野行き4073列車の送り込み):EH200-8
・2099列車(東京タ→新座タ):EF200-20+コキ104・106×20
・列車番号不詳(上り):EF65 1059+コキ100〜103×8

 浜川崎から10時15分発の鶴見行き(1004デ、編成は前述のT11編成)で安善まで乗り最初、タキ35000がホームから見えない位置に止まっているかなと思ったものの、上手く見られる場所に止まっていたので鶴見までそのまま乗る所を途中下車。タキ35000の数が少なくなり、群線の海側からタキ35992、36028、35987、35989、横田基地行きのタキ36034、35823、35856、35774、35878*、35975、35887、35637、35822、35780*、36024、35868、35870、35891、35---と入線。入換えに従事したDE10 1749がこの頃に一仕事終えて浜川崎へ引き上げました。

 ホームの真ん前に5988列車で塩浜派出へ回送するタキ35000が2両止まって長い事午前中の5986列車で送られたものが昭和電工のタキ5450を大川から扇町へ返送する8998〜8995列車を再編した5998列車と午後にシフト。且つ、浜川崎から先は5986列車継送と鶴見線の列車も随分絞ったなと実感します。
△浜川崎
タキ35889 NRS[米]*/神栖 全検18-11-30川崎車、自重15.4t
タキ35883 NRS[米]*/神栖 全検18-12-4川崎車、自重15.4t
※*=NRSマーク小振り

 次の電車まで丁度20分、10時38分発の鶴見行き(1014デ、クハ205-1104×3/横ナハT13編成)に乗ります。鶴見線は沿線の環境柄、工場の関係者を中心としたビジネス客がだけかと思いきや、近頃は近隣に大規模なマンションが工場の跡地に建って来てファミリー客も見られる様になり、小さな子供連れは何処か場違いかな?と空気が漂います。

 鶴見駅のホームでは鶴見線各駅のポケット時刻表が置かれてさすがに何度か訪れている割には初めてでつい各駅分を頂き、駅員さんが居る窓口から乗り換えて東口の手前にあるお手洗いで用を足してから1・2番線へ。待つ間に南行でE233系の109編成やEF210-123牽引の5760列車(倉賀野→根岸)が現れました。

 鶴見から横浜へは11時13分発の大船行き(951A、クハ209-32×10/宮ウラ31編成)に乗車。途中、生麦〜子安間で京急ブルースカイトレインの2157Fが入った泉岳寺行き快特に擦れ違い。

 この続きはこちらです。

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2008年1月28日 (月)

H20.01.26 笠寺駅+その他

 四日市で一調べ終えて快速『みえ』16号に乗ると結構、4両編成で来たものの、この列車はどういう訳か2両編成(キハ75-3×2)と短く、四日市は4分遅れで出発。立ち通しで名古屋まで乗り今年は伊勢神宮の参拝客がお菓子の事件で減ったと伝えられたものの、割引切符のお客さんが多いようで四日市を過ぎると指定席の部分まで立つお客さんが出る始末で上手く柔軟に増結できないものか。

 名古屋から岡崎行きの普通電車(クモハ311-14×4/海カキG14編成)で笠寺へ向かいます。尾頭橋で少しずつ空席が出来て腰掛けるとWINS帰りの親父さんが多く、空席が出来て座ると間髪入れず窓際に座って来る爺さんが居ましたね。

 笠寺で降りると構内には『ロングパスエクスプレス』牽引用のEF210-135、EF210-117と一休み。コキ50000の空車の列(名古屋方から51538+50630+50608+50663)と入線。今度の3月ダイヤ改正で消滅が噂される3363列車の様子を見に来るものの、さすがに人気列車故に見物人が多くご同慶の至りなり。18きっぷの通用期間になると停車駅には葬式鉄が集るのか気になりますが、ともあれ貨物列車は安全で確実に運ぶもので現場やお客さんに迷惑を掛けないようにお楽しみください。

△稲沢
EF65 1064
タキ10119 日本硫炭工業/安治川口 美濃赤坂→安治川口
タキ7548 日産化学/速星 奥野谷浜→速星 C
コキ200-20 JOTU099595[0],JOTU099179[0] 京葉久保田→名南貨
タキ57755 電気化学工業/青海 ↑甲子→青海 F
タキ57759 電気化学工業/青海 F
タキ57750 電気化学工業/青海 F
タキ47798 電気化学工業/青海 ↓ F
コキ104-2584 新潟タ→梅田(回送)
コキ200-49 東亞合成UT14C-8003,8004 川崎貨物→昭和町
タキ14723 関西化成品輸送/安治川口 浮島町→東港
タキ165463 NRS/神栖 扇町→塩浜 N
コキ104- 954 ↑東京タ→鵜殿 全検19-10-24川崎車
コキ104- 812
コキ104- 810
コキ104- 888 全検19-8-17川崎車
コキ104-2808
コキ104-****
コキ104-**** ↓
※C=タキ7500のキャノピーキセ付き、F=タキ7750の富士重製、N=タキ5450の鏡板フラットタイプ

 さすがに寒かったので笠寺17時14分発の岐阜行き(197F、クモハ313-13×4/海カキY13編成)で名古屋へ向かい、313系の初期タイプは意外と今回が初乗車。昨夏の松本行きで『みすず』の神領所属車と似通った印象で後の方が座り心地がアップしたかな?と言った印象です。

 名古屋で降りると四日市で見た5284列車(中央西線の5885列車)、富士行きの3170列車(ワム80000+最後尾にJOTタキ40000)、さて3363列車の番となると6番線をフルスピードで通過して、後方のコキ104を目当てに見ようと思ったらお手上げで7番に回れば良かったと後の祭りなり。改札口を出てコインロッカーに預けたトートバッグを引き取り、定宿のホテルアソシア・名古屋ターミナルにチェックイン。26日の語呂合わせで入浴剤をプレゼントされて疲れた身に持ってこい。部屋は1414号室。1時間ほど一休みしてテルミナへ行き、7階の『けやき茶屋』で夕食。味噌煮込みうどんに天ぷら、生卵、ご飯&漬物を付けて今日の夕食。愛想良いオバちゃんがいるのでこれもちょっとした楽しみで私が住む東京の多摩地区でもマニュアルに書いてある事しか応じない若い店員さんが多くなりつつあるのでホッとしますね。地下の三省堂に立ち寄って地下鉄の券売機でトランパスの2000円券を買い、再び宿の部屋へと戻り、このブログを纏めました。

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2007年9月10日 (月)

H19.09.10 京浜地区(鶴見線沿線)

18きっぷ遠征の最終回は京浜地区を回り、月曜日で列車の動きがきになるものの、台風の影響も多少はあるのでしょうか普段通り動いていました。

 西八王子から6時36分発の東京行きで立川まで乗り、来月のエキュートオープンに向けて急ピッチに工事が進む立川で南武線に乗り換える合間に中央線や南武線(全て205系)の電車を見ながら7時を回る頃にEF210−112牽引の5481列車(千葉貨物→南松本)が通過。タキ43000、タキ243000、タキ1000と3色連結されて青塗りはタキ43257、43255が続き、ツートンはタキ243717、243873、1000-182、1000-355、1000-300、1000-272、1000-162、1000-348、1000-65、1000-359とお馴染みのナンバー揃い。

 立川から7時15分発の川崎行き(750F、クハ205-20×6/横ナハ36編成)で尻手へ。照ったと思ったら矢川につく頃には時雨れて府中本町では2番線に『むさしの』1号を担当する115系と根岸→八王子の8273列車を見てあとは矢向まで一寝入り。

 尻手で南武支線に乗り換えると遅れていた3880列車(酒田→川崎貨物)が通過し、EH200-3牽引、トキ28877(東/川崎貨物[コキ輪軸積載])+コキ50000×3+タキ5450×4の編成で8時12分着の電車に遮られて詳しい車号が端折ってしまいすみません。

 尻手から8時27分発(812H、クモハ205-1003×3/横ナハ・ワ4編成)の浜川崎行きで浜川崎へ向かいます。浜川崎支線の205系で唯一、山手線からの転属車でドア窓の大きさで前歴が分かり、何度か乗車していますが滅多に当たらず(総武線の緩行電車から移った2編成が多いです)、一昨年の春遠征以来です。編成表を見ると元は山手区8編成の一部で八高線の3000番代の81編成全車と82編成のモハと兄弟の間柄。身近なエリアで見掛けるので世間、狭いものです。

 浜川崎で鶴見線に乗り換えて田島踏切からヤードの様子を確認して鶴見線ホームへ。この間、もう1編成南武支線で運用したクモハ205-1002×2が弁天橋へ入場の為に一度ヤード方に入線します。鶴見線のホームで待つ間に遅れて梶ヶ谷タへ向かう『クリーンかわさき』号の153列車が通過してEH200牽引でコキ350000には川崎市のUM13A-1000、UM11A-1000、UM8A-1000と月曜日も手伝ってか積載個数が疎らで後方にはW18Dや全国通運のUM8Aと積まれて静脈物流のはしりだけあって質量ともに充実しています。

○5989列車…浜川崎の鶴見線ホームで見ると交検上がりのタキ35000は揃って旧エッソ車。浜川崎の解放分は全車タキ1000の顔触れで1074列車から継送した楕円模様入りのOT所有車もいつも通り連結。
△安善
EH200−6[浜川崎まで]→DE10 1667[更新青]
タキ35984 NRS[米]/神栖 ↑交検出場 
タキ35982 NRS[米]/神栖 全検19-4-5川崎車
タキ1000-280 JOT/郡山
タキ1000-278 JOT/郡山  ↓
タキ1000-747 OT/川崎貨物○ ↑郡山発 新製19-3-16川重、自重17.2t
タキ1000-745 OT/川崎貨物○ 新製19-3-16川重、自重17.2t
タキ1000-723 OT/川崎貨物○ 新製19-1-10川重、自重17.2t
タキ1000-699 OT/川崎貨物○ ↓ 新製18-12-26日車、自重17.2t

 浜川崎から9時5分発の扇町行き(805B、クハ205-1101×3/横ナハT11編成)で扇町へ向かい、いつもの様に入線するタンク車をチェックし、チキ7000は相変わらず発着線の真ん中で休んでおりました。(入線状況の左手は鶴見方)
・昭和駅南側:タキ155462+155459+145489+105465+18699+155469+118601+145497
・発着線:チキ7082+7074+7079(東/東高島、7074のみ新興)
・5993列車到着:(←扇町)タキ145455+145496+165463

 扇町のホームに降りると5993列車で到着したタキ5450を奥へ押し込み、昭和電工の入口で並んでいたタンク車を引き出し、そのまま5996列車の仕立てが完了しました。以前、タキ5450と言うとJOTや関西化成品輸送の所有車が幅を効かせたものの、NRS所有車も参入。タキ5450は対岸の大川行き、塩浜行き(四日市/石原産業)、北沼行きと着地が多方面です。また、久し振りに常備駅標記が丸ゴシックの詰まったものに戻って新小岩の頃に入場したタキ5450やホキ2200では良く見掛けたものの、川崎に移ってからここ2年程見られる様になりました。
△鶴見(川崎貨物)
DE10 1555
タキ165468 JOT/郡山 ↑大川行き 全検18-8-22川崎車、自重20.0t F
タキ145498 JOT/郡山 ↓
タキ145485 NRS/神栖 ↑塩浜行き 全検17-7-5川崎車、自重19.9t F
タキ145488 NRS/神栖 ↓
タキ118620 NRS[ea]/越中島貨物 岩沼行き 全検19-3-31川崎車、自重25.9t
タキ145484 NRS/神栖 塩浜行き 全検17-7-2川崎車、自重20.5t F
※F=富士重製(JOT車以外はボルト止めのジャケット)、#=タキ18600のボルト止めジャケット

 扇町から9時38分発の鶴見行き(914デ、クハ205-1104×3/横ナハT14編成)で浜川崎へ。出発待ちの間にノート整理を行ない、タンク車が目の前に止まっていると嬉しくなるものの、無いと何処か寂しく、この頃は一時曇ったものの、晴れて来たので行いが良いのでは?
 浜川崎のヤードに止まっていたタンク車は次の通りでこちらも左手が鶴見方です。
(5584レ到着分?)←タキ43575+1000-273+1000-563+243827+243807+43335+43126+243806+44174
(5771レ発送分)←タキ243812+243821+243885+1000-415+1000-664+1000-387+1000-13+44167+44198

 田島踏切の前に立って川崎貨物からの5987列車をカーブを通過ところで見ようと思いましたが、出遅れてしまい、ひたすら待つ事に。編成は全車宇都宮タ発で最後尾以外は全てタキ43000オンリー。オイルターミナルの列車がそのまま真っ黒になった印象です。
△(鶴見)
EF65 530[JRF色]
タキ43145 JOT/根岸 トケ
タキ43297 JOT/根岸
タキ43557 JOT/根岸
タキ43380 JOT/根岸 石油類)青地
タキ43312 JOT/根岸
タキ43562 JOT/根岸
タキ43301 JOT/根岸
タキ43191 JOT/根岸 石油類)青地
タキ43229 JOT/根岸 石油類)青地
タキ43217 JOT/根岸
タキ43603 JOT/郡山 (A重)
タキ43606 JOT/郡山 (A重)
タキ43457 JOT/根岸 トケ、石油類)青地
タキ43157 JOT/根岸
タキ243787 JOT/郡山 全検19-7-21川崎車、自重16.0t 石油類)黒地

 浜川崎から10時15分発の鶴見行き(1004デ)で安善へ向かいます。武蔵白石を出発して大川支線への分岐点からドアの窓越しに止まっているタキ35000を確認し、小振りのマークはタキ35780、35376、35274、35820、35882、35894、35836(全検18-12-12川崎車、自重15.1t)、35783(全検14-12-19川崎車、自重15.3t)が入線。末広町常備のタキ35274、35275(全検19-5-26川崎車、自重15.1t)、数年前にモービル石油(清水常備)からNRS(神栖常備)へ移籍したタキ35882を確認しました。

 いつもの様に5989列車の運転があると5986列車の運転が無く、今日は珍しく更新機が現れたので安善で滅多に見られないので思わず撮影し、浜川崎には本来、横浜羽沢や相模貨物を受け持つDE11の2000番代(2004号機)が入換作業に従事しておりました。この所、八王子も入換動車色から一般タイプに変えたり、思わぬ所でDLのやり繰りが見られて訪れたファンの目を楽しませてくれます。この辺の掲示板も賑やかだろうと思わせます。

 安善から10時39分発の鶴見行き(1014デ)で鶴見へ向かい、弁天橋の車庫では南武支線のクモハ205-1002×2が昼寝中。

 鶴見で京浜東北線に乗り換えると浜川崎まで5987列車を牽き、新鶴見へ入庫するEF65 530を見て、丁度、東海道線の下り線にE217系が入る電車があるので7月から今月一杯横浜〜国府津間の開業120周年記念でヘッドマークが絵柄違いで入り、熱海行きの『アクティ』(3753M、クハE217-1×11+2001×4/横コツF1編成+F51編成)を待ち構えるものの、南行の電車に被って熱海方は撮れなかったものの、東京方のクハE217-2001は線路の縁取りに蒸気機関車、E231系のイラスト入り。

 横浜までは11時04分発の大船行き(1017A、クハ209-16×10/宮ウラ15編成)に乗ります。途中、京急の下り線を走る旧1000型の回送が通過。同じ1000型でも新車が定着したものの、昭和30年代のデザインを持つ旧型は今の電車と違った魅力と貫禄があります。東神奈川の電留線では209系が昼寝中で昨年の今頃、E233系の投入が発表されましたが、まだ1編成しか入っていないものの早くても『鉄道の日きっぷ』の遠征、遅くても来年の早い時期には見られるのではと確信しております。E233系の本家が地元の私にとっては驚く事必至です。

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