関西本線

2014年12月 8日 (月)

H26.12.08 名古屋行き(四日市周辺・その2)

 四日市から11時12分発の名古屋行き(316G、クモハ313-1313×2/海シンB505編成=後でノートを見返すと夏の松本行きでも見掛けました)で富田へ向かいます。いわば、5362列車を後追いする形で進みまして、ワンマン運転のため、先頭のクハ312の乗車となり、カーナビみたいに駅毎に止まる指示で音声の歓呼が時折耳に入ります。お客さんも疎らで快適。前のほうで作業服姿の熟年男性が立っていたので恐らくJR東海の関連企業の方の様で今日は不思議と四日市ではカメラ片手のマニアより作業着姿のJR関係者が目立ちました。

 富田で降りて運転士さんに「ICカードで乗っています」と申告して駅の改札をタッチし、もう一度乗車のところをタッチし直してお手洗いを済ませてから2・3番線へ。先の5362列車は三岐の3713列車に変わってスタンバイ。こちらも先程の続きでタキ1900のチェックに大童。嬉しい事に牽引の機関車が共に旧東武のものではありませんか(9号機はここで鉄コレからリリースした事が記憶に新しい所ですね)。三岐鉄道の電車と言うと西武鉄道の譲渡車が多く、マスター自身も京王の次くらいに馴染みがあることも手伝って名古屋支部さんで主催した見学会で現場の方にお話しすることもちょっとした楽しみでこれを思うと池袋の某カメラ店のCMソングの歌詞を思い出します。

 群線の様子は次の通りでタキ112161の後に5362列車から解放されたタキ1900を2両連結して他にも三岐ホームの前にタキ111936や群線の奥にワム380192が入っていました。また、通常の列車の他にも稲沢へ単機回送するDE10の1188号機が通過して境目の細い白線が入場箇所によって切れているのがあるのだなとE233系のフロントラインではありませんが、ちょっとしたチェックポイントです。お次は2087列車で昨日、あおなみ線の南荒子で入れ換えていたのがこの列車です。

○2087列車…3年前に来た時はコキ106・107の間にコキ50000が挟まって後方のユニット車は東海地区ではお馴染みのコキ105ダブルスからコキ100+101/102+103の4両ユニット車と編成内容に小変更があり、東京タ〜京葉臨海の列車か隅田川〜北陸(上越線経由)の列車を思わせる顔ぶれです。コンテナでは三井金属のUM12A(初期に比べると頑丈なタイプです)やセンコーのISOバルクと月曜日らしく私有コンテナは少ない印象です。
△四日市
DD51 852
コキ106-432 全検26-11-5川崎車 三井金属UM12A-5769,UM12A-5771積載
コキ107-792 新製25-10-7川重 三井金属UM12A-5842,JOT UR19A-10613,NRSU381007[0]積載
コキ107-838 新製25-12-23川重 [危険品] 3個目に19D-44122積載
コキ106-986
コキ106-209 全検25-1-10広島車 3個目にセンコーSKSU140321[7]積載
コキ106-139 全検24-11-15広島車
コキ107-192 全検26-11-8広島車[4個目以外はJOT UR19A積載=1個目に10872,5個目に11117]
コキ107-452 新製24-1-11日車
コキ106-575
コキ107-927 新製26-5-2川重
コキ107-352 新製23-7-13川重
コキ107-437 新製24-3-7川重
コキ103-22 全検24-4-6小倉車
コキ102-22 全検24-4-6小倉車[空車]
コキ102-21 全検24-4-6小倉車[空車]
コキ103-21 全検24-4-6小倉車[空車]

 2087列車を見ている所で東藤原から3714…5365列車が到着してコンテナ車の隙間からタキ1900のデータを取り、12時10分頃に出発すると電車の到着までの15分間は釘付けになりました。

 富田から12時15分発の四日市行き(319G、クモハ313-1310×2/海シンB502編成)で四日市に戻り、乗りも富田からは私くらいとガラガラで富田浜では前に座っていたお姉ちゃんが降りると前半分は貸切状態。この時間が一番空いているのでは?といつも地元で取材していると変な時間に出入りする高校生(いつから学校がフレックスタイムになったのかなと疑問を呈しますが………)が多いことを思うとウィークデーでこんなまったりした光景は久し振りです。

 四日市で降りると先程、富田でチェックした2087列車が到着して先に前5両がコンテナホームに収容して、止まっていた6両目以降が移送されます。先ずは2080列車の様子を見て続いて群線に止まっているタンク車、5380列車に乗せるタンク車のリテイクと過ごします。

○2080列車…前の方は8080列車からの南四日市発が続きますが、四日市発はコキ106やコキ200(JOTのラテックス専用コンテナは模型と同じかな?と思って後でこちらの方が新型と分かりました)と3年前に来た時は電車が遅れて後ろの方がバタバタしてしまいましたが、前の方は電車のスピードが落ちて上手く読み取れてバッチリです。
△笹島(名古屋タ)
DD51 875[更新赤]
コキ106- 747 ↑南四日市発
コキ104- 995
コキ107- 756 新製25-7-15川重[空車]
コキ107- 221
コキ104-1481 全検26-1-11広島車
コキ104-1344
コキ106- 389 全検24-8-21広島車
コキ104-1608 ↓
コキ107- 608 新製24-10-2川重
コキ107- 692 新製24-9-25日車
コキ107- 194
コキ104- 60
コキ200- 95 海ナタ 全検24-2-24名古屋車□[空車]
コキ200- 109 全検23-5-20小倉車□ JOTU671220[9],JOTU671368[4]積載 
コキ106- 149 全検24-12-21郡山車 MCLC UH17A-5036,UT13F-5002(ガンマブチロラクトン専用),UH17A-5050積載
コキ106- 272 全検22-9-17川崎車[空車]
□=コキ200の軸バネ改良車

 13時を回る頃は先程富田で確認した5365列車が到着して最後尾が上手く見られなかったので改めてチェックしてから暫く待合室で一休み。今度は立て続けに5380列車に乗せる南松本行きの後ろ半分、東藤原行きの5364列車、南松本からの79列車と休む暇もありません。

○(3088〜)79列車…タキ1000ばかり14両編成での到着で本輪西からの移動車や浜五井発の列車で馴染みだったナンバー(浜川崎廃止時の配属車)と移って来たのには驚きましたが、この頃浜五井発の2081/2080列車を見ると時々、四日市常備のナンバーを見掛ける様になったのでこの辺りとトレードしたのだろうと感じ取れます。

DD51 1801[更新赤]+DD51 1804[更新赤]
タキ1000-809 JOT/浜五井
タキ1000-200 JOT/四日市*
タキ1000-859 JOT/北袖# 全検25-5-15輪西派、自重17.2t 石油類)黒地
タキ1000-325 JOT/塩浜 無
タキ1000-264 JOT/四日市* 無
タキ1000-276 JOT/浜五井* 無
タキ1000-811 JOT/浜五井
タキ1000-278 JOT/浜五井* 無
タキ1000-275 JOT/浜五井*

タキ1000-678 JOT/根岸
タキ1000-624 JOT/根岸 全検25-**-**川崎車、自重17.*t
タキ1000-245 JOT/四日市* 無
タキ1000-221 JOT/四日市* 無
タキ1000-814 JOT/浜五井
四日市*、浜五井*=旧郡山常備車、北袖#=旧本輪西常備車

○5380(〜5885)列車…稲沢での作業があるものの、当日は14両全車が南松本行きです。オールタキ43000の顔触れで前半分は午前中、後半分は昼過ぎに入ります。この列車を見ていると昨夏の遠征でハミ出て見られなかったタキ243831のデータも埋まり(同じく後方に連結された243854番も併せて修正)、一夏越しましたが、埋まって嬉しくなりました。
△稲沢(南松本)
DD51 892[更新赤、冷風]+DD51 853
タキ243689 JOT[e]/塩浜# 全検26-9-25川崎車、自重15.7t
タキ43454  JOT/根岸 全検23-7-29川崎車、自重15.7t [車輪グレー]
タキ243862 JOT/塩浜* 全検25-9-9川崎車、自重16.4t
タキ243854 JOT/四日市* 全検25-7-16川崎車、自重16.1t
タキ243874 JOT/四日市* 全検25-7-22川崎車、自重15.8t
タキ243683 JOT[e]/塩浜# 全検26-8-8川崎車、自重16.2t 石油類)黒地
タキ243780 JOT/四日市* 全検25-7-1川崎車、自重16.0t 石油類)黒地
タキ243693 JOT/四日市* 全検21-11-30川崎車(27-5-12切)、自重15.9t
タキ243861 JOT/四日市* 全検25-8-14川崎車、自重15.8t 石油類)黒地
タキ243833 JOT/四日市* 全検25-7-19川崎車(30-8-13切)、自重16.3t 石油類)黒地
タキ243875 JOT/四日市* 全検25-9-30川崎車、自重15.9t 石油類)黒地
タキ243831 JOT/塩浜* 全検24-11-2川崎車、自重15.8t
タキ43444  JOT/四日市* 全検22-8-23川崎車、自重15.9t
タキ43251  JOT/塩浜 全検22−8−3川崎車(28-4-9切)、自重16.3t
四日市*、塩浜*=旧郡山常備車、塩浜#=旧本輪西常備車

 ここまで終わると残りも片手の指で数えるほどになり、一旦ここで改札を入り直し(改札口前の自販機でネスレのカフェオレをSuicaで)、2番線から折り返す普通電車に再び飛び乗ります。

 四日市から14時12分発の名古屋行き(328G、クモハ313-1314×2/海シンB506編成)で富田まで乗ります。この時間になってくると高校生の帰りどきになって車内、待合室と賑やかに。意外と近鉄派が多いのかJR利用は1〜2駅で降りる事が多い様子です。コスモの製油所には先程、79列車で到着したタキ1000が入線して本線から見える所は上り線では見づらいので改めて戻る時にチェックして。

 再び富田駅に参上して運転士さんに「ICカードです」と申告して駅舎の入口にあるリーダーでタッチし直して再入場。今度は2・3番線へ。丁度5367列車に乗せるタキ1900が到着した所でホーム伝いにあれこれチェックし、全検入場が昨年〜今年の車はデジカメに収めませんでしたが、他の13両(=26コマ)は必死に収める形になり、後3両(バスの車庫近く)は日陰になっていた事もあって晴天から曇天モードに切り替えて。さすがにズームを多用したのか我がデジカメもバッテリーは消耗気味。ボディーがアルミ製(多分)なので寒い時期になるとヒンヤリする事もあるので尚更です。

上りの待避線には先程、四日市でチェックした5380列車が15分程一休み。1番線の桑名方に撮り鐡の兄ちゃんが突っ立っていましたが(幸い、マスターが居た2・3番線には現れませんでしたが)、DD51目当てが本来の目的だろうなと思う次第で5367列車が出発するとこれを牽引したのが午前中の(5362〜)3713列車を担当した東武コンビでした。人っ子一人居ないと思ったらベンチには40台過ぎと言った池沼男が大きく咳をして耳障りでしたね。ここで群線で1両ポツンと止まっていたタキ1900の後に5362列車で到着した2両が連結していました。

 富田から14時55分発の四日市行き(329G、クモハ313-1315×2/海シンB507編成)で四日市へ戻ります。富田浜で新車の編成にすれ違い、またまた、海側に腰掛けたのでコスモ製油所に止まっているタンク車からタキ43000の44t車のナンバーをメモ。後で見返すと夏の台風で止まった際に振替輸送で来たナンバーもあったので意外と助かりました。

 四日市に着くといよいよ今回の遠征も結びの一番。日の入りが早いこの時期(東京は16時半頃ですが、名古屋周辺は17時前です)で少しずつ日が傾き始め、撮影モードも曇天に切り替え。ホームの気温は13度、湿度38%(15:30時点)。前後して5366列車が入るものの、5365列車の時点で一通り片付いたので殆ど触れませんでしたが、この分、南松本行きの72列車の調査に注力する事が出来ました。

○72(〜3081)列車…79列車の折り返しで佐倉→千葉から移動したDD51重連で到着(太陽光の反射で着いた所がうまく収まることが出来ず悔やみましたが………)。タキ1000ばかりの高速列車で編成は14両編成だろうと思ったら大当たり。新車(何と!3両も連結)や本輪西からの移動車(840番は初確認の川重製)も見られ、オイルターミナル移籍組の一部では期限が若干伸びたのは台風で不通になった影響が感じ取れます(JOT車は珍しく、オイルターミナルの車では川崎貨物常備の矢羽根車や東日本大震災の影響を受けた例で結構見られました)。
△稲沢(南松本)
DD51 1804[更新色]+DD51 1801[更新色]
タキ1000-180 JOT/塩浜* 全検22-11-29川崎車、自重17.1t
タキ1000- 74 JOT/塩浜* 全検26-5-31川崎車、自重16.7t
タキ1000-947 JOT/塩浜 新製26-9-5日車、自重17.2t
タキ1000- 78 JOT/塩浜* 全検26-10-3川崎車、自重16.8t
タキ1000-941 JOT/塩浜 新製26-9-5日車、自重17.2t
タキ1000-177 JOT/塩浜*
タキ1000-187 JOT/塩浜* 全検22-6-23川崎車、
タキ1000-945 JOT/塩浜 新製26-9-5日車、自重17.2t
タキ1000-826 JOT/塩浜# 全検24-8-9輪西派、自重17.2t 無
タキ1000-685 JOT/根岸 無
タキ1000-322 JOT/塩浜 全検24-11-16川崎車、自重16.9t 無
タキ1000-329 JOT/塩浜 全検24-6-13川崎車(29-6-23切)、自重16.8t 無
タキ1000-332 JOT/塩浜 全検24-7-17川崎車(29-7-27切)、自重16.8t 無
タキ1000-840 JOT/塩浜# 全検24-12-20輪西派、自重17.2t 無
塩浜*=旧郡山常備車、塩浜#=旧本輪西常備車

 72列車の様子を一通り片付けると一旦改札を出て、ホームと逆サイドからタキ1000の新車をデジカメに収めて帰りは快速系と決めているのでホームに戻ると待合室で一休み。今回の遠征もほぼ終わりました。

東藤原〜四日市のセメント輸送列車…同じ編成が行き来していたために往復毎にまとめてみました。タキ1900というと東海道新幹線と同じく今年で登場50周年の形式ですが、小野田→太平洋の車は昭和45年頃の新製車が最古で台車もすっかりTR41系からTR225に履き替えました。

○三岐3710…6361列車〜5362…三岐3713列車=5362列車で富田到着後、斜体の車が解放されました
△四日市
DD51 856[更新赤]
タキ 81910 全検22-10-5名古屋車(27-10-5切)、自重13.8t
タキ112457 全検26-3-26名古屋車(30-8-22切)、自重13.8t
タキ111942 N 全検24-11-15名古屋車(29-5-24切)、自重13.8t
タキ 81922 全検24-3-23名古屋車(28-11-2切)、自重13.8t
タキ 81900 全検23-3-11名古屋車(28-8-24切)、自重13.8t
タキ112458 全検25-10-22名古屋車(30-3-24切)、自重13.8t
タキ111944 N 全検25-4-23名古屋車(29-10-20切)、自重13.8t
タキ 81908 全検23-12-13名古屋車(28-8-1切)、自重14.1t
タキ 91964 NK 全検22-8-3名古屋車(27-7-18切)、自重14.3t
タキ 91959 NK 全検23-7-16名古屋車(28-5-8切)、自重13.7t
タキ 91961 NK 全検23-9-16名古屋車(28-7-9切)、自重13.9t
タキ71988 全検25-6-27名古屋車(29-12-11切)、自重13.8t
タキ 81920 全検24-6-28名古屋車(29-1-2切)、自重13.8t
タキ112454 全検25-7-19名古屋車(29-12-19切)、自重13.8t
タキ 91966 N 全検25-8-30名古屋車(30-2-6切)、自重13.8t
タキ 91940 全検26-6-24名古屋車(30-11-14切)、自重13.7t 
DD51 856[更新赤]→三岐ED45 9+ED45 8
▽富田(東藤原)

○三岐3712…5363列車〜5364…三岐3715列車=5364列車入線の際は普段、下り側の待避線に入りますが、オイル輸送列車の出入りの関係か避ける形で上り線側へ入ります。
△四日市
三岐ED45 8+ED45 9→DD51 856[更新赤]
タキ 71993 全検26-4-28名古屋車(30-9-27切)、自重13.8t
タキ 81912 全検24-7-27名古屋車(29-2-7切)、自重13.8t
タキ 71994 全検26-1-24名古屋車(30-6-21切)、自重13.8t
タキ112456 全検26-2-25名古屋車(30-7-23切)、自重13.8t
タキ 81921 全検25-2-14名古屋車(29-8-14切)、自重13.8t
タキ112171 N 全検23-1-7名古屋車(27-11-20切)、自重13.9t
タキ111939 N 全検23-9-30名古屋車(28-7-23切)、自重13.8t
タキ112174 N 全検26-1-10名古屋車(30-6-7切)、自重13.9t
タキ112156 N 全検24-11-9名古屋車(29-5-18切)、自重13.9t
タキ112163 N 全検24-6-6名古屋車(30-11-6切)、自重13.9t
タキ111949 N 全検22-8-27名古屋車(27-8-11切)、自重14.3t
タキ 71995 全検24-8-28名古屋車(29-3-4切)、自重13.8t
タキ 81916 全検25-5-8名古屋車(29-11-21切)、自重13.8t
タキ 81903 全検25-11-12名古屋車(30-4-14切)、自重13.8t
タキ 71991 全検24-11-9名古屋車(29-5-18切)、自重13.8t
タキ 81911 全検23-8-31名古屋車(28-6-23切)、自重13.8t
DD51 856[更新赤]→三岐ED45 5+ED45 4
▽富田(東藤原)

○三岐3714…5365列車〜5366…三岐3717列車=四日市に到着した際に富田で記録したのをど忘れして慌ててノートの頁を用意しました(iPod touch片手だとこの様な事は起こらないのですが………)。
△四日市
三岐ED45 4+ED45 5
DD51 856[更新赤]
タキ112466 全検25-11-21名古屋車(30-4-23切)、自重13.8t
タキ112472 全検21-11-18名古屋車(27-4-15切)、自重13.7t
タキ112459 全検26-6-3名古屋車(30-10-24切)、自重13.8t
タキ 91946 全検25-11-26名古屋車(30-4-28切)、自重14.0t
タキ112175 N 全検24-3-9名古屋車(28-10-19切)、自重13.8t
タキ111955 NK 全検24-12-20名古屋車(29-6-28切)、自重14.0t
タキ112173 N 全検23-6-21名古屋車(28-4-21切)、自重13.9t
タキ112169 N 全検25-10-18名古屋車(30-3-20切)、自重13.9t
タキ112468 全検21-9-16名古屋車(27-4-12切)、自重13.8t
タキ 81918 全検24-8-22名古屋車(29-2-16切)、自重13.8t
タキ111940 N 全検24-7-12名古屋車(29-1-17切)、自重13.8t
タキ 91967 N 全検24-1-25名古屋車(28-9-16切)、自重13.9t
タキ 91939 全検25-4-10名古屋車(29-10-8切)、自重13.7t
タキ112452 全検26-2-13名古屋車(30-7-11切)、自重13.8t
タキ 91941 全検25-3-19名古屋車(29-9-15切)、自重13.7t
タキ 91949 全検22-11-10名古屋車(27-10-16切)、自重13.8t
DD51 856[更新赤]→三岐ED45 9+ED45 8
▽富田(東藤原)

○三岐3716…5367列車〜6368…三岐3719列車
△四日市
三岐ED45 8+ED45 9→DD51 856[更新赤]
タキ112465 全検21-10-28名古屋車(27-4-23切)、自重13.8t
タキ 71986 全検25-6-7名古屋車(29-12-11切)、自重13.8t
タキ 81902 全検23-6-21名古屋車(28-4-21切)、自重13.8t
タキ 81901 全検24-1-18名古屋車(28-9-6切)、自重13.8t
タキ 81925 全検25-9-20名古屋車(30-2-20切)、自重13.8t
タキ111953 N 全検23-2-18名古屋車(28-1-23切)、自重14.2t
タキ112164 N 全検25-8-6名古屋車(30-1-6切)、自重13.9t
タキ112170 N 全検22-12-14名古屋車(27-12-11切)、自重13.9t
タキ112157 N 全検22-8-27名古屋車(27-8-21切)、自重14.4t
タキ112160 N 全検23-3-19名古屋車(28-2-17切)、自重13.7t
タキ111941 N 全検23-12-8名古屋車(28-7-27切)、自重13.8t
タキ 91947 全検22-10-9名古屋車(27-9-24切)、自重14.2t
タキ 81917 全検22-10-9名古屋車(27-10-30切)、自重13.8t
タキ 71987 全検23-1-26名古屋車(27-12-24切)、自重13.8t
タキ112159 N 全検23-1-28名古屋車(27-12-24切)、自重13.8t
タキ 81913 全検24-5-15名古屋車(29-1-4切)、自重13.8t
DD51 856[更新赤]
▽富田(東藤原)
全車太平洋セメント/東藤原、N=日車製(側面補強リブ付き)、K=旧金田常備車(N+梯子妻面&端部踏み板付き)

 四日市から15時54分発の快速電車(2312M、←クモハ313-1301×2+1310×2/海シンB401+B502編成)で名古屋まで乗ります。今回は不思議とダイヤの遅れが見られず終日定刻運転なり。帰りの電車も四日市からの乗りは疎らで転換クロスの列を見ると枕木方向に4席並んで腰掛けているのは1人程度です(『みえ』号はキハ75の入場の関係から短縮する列車が多かったですが、こちらは4両編成で頑張っていました)。マスターも久しぶりに纏まった取材行で顔も嬉しくなり、この頃になると先程の南松本行きのタキ1000が積込みが終わった様子で次の富田浜では早速3分すれ違いで足止め。富田の貨車や機関車は先程と変わらず、手前の踏切では三岐鉄道の旧カラーに復刻した日野リエッセを発見。唯一の停車駅・桑名もさすがに近鉄へ乗ってしまうのか乗りが疎らで腰掛けた周辺も死守と言った形となり、3番線にはタキ1000の72列車が退避してちょうど左隣には9両目の826番が止まっていました。輪中の長大鉄橋をダッシュ。近鉄のAceやアーバンライナーnextと見て擦れ違う電車も2両編成から4両編成へと夕方のラッシュに向けての準備が始まり、弥富は名鉄5000系or3300系のステンレス車を掠めて蟹江では4分停車。211系の4両編成(2315M、クモハ211-5022×4/海シンK12編成)に擦れ違い、名古屋市内の高架線に入ると春田の1番線を全速力で通過して八田に入ると2番線は南松本から塩浜行きのタキ1000を連ねた75列車が退避しているのを見て足取りがゆっくりして笹島は稲沢行きの1255列車(←DD51 857+コキ104×8+105-63+64)と止まっている様子を見てカーブして東海道線と並ぶと下り線を衣浦臨海鉄道からの東藤原行き5767列車(太平洋セメントのホキ1000)はEF64の牽引。新日鉄から返送の美濃赤坂行きのホキ9500・2000だったらマスターにとっては青梅線の石灰石列車かな?と錯覚する雰囲気に陥り、名古屋駅は11番線、定刻16時33分の到着。運転台の後に本務の他に2人ほど添乗した車掌さんも乗って午前中も若い車掌さんの団体を四日市駅で見掛けて労いたくなります。関西本線の快速電車は下りは30分余りと結構飛ばしますが、上りは擦れ違いで引っ掛かるのか40分程掛かるので中央線の特別快速や京王線の特急で新宿から八王子まで乗るのと差がない計算です。

 名古屋駅の到着は11番線で普段は12・13番線と違って一本東側で中央西線の『しなの』号が発着する10番線と同じホームです。関西本線と中央西線の混用と言う珍しい使われ方で隣の8・9番線は中央西線の普通電車用。丁度、中津川行きの快速電車で211系+313系(2739M、←クモハ211-5025×4+313-1001×4/海シンK13+B1編成)とJR東海の幹線ではお馴染みの組み合わせで中津川方が211系で東日本の所属車との差異を見出しながらデジカメに収め、中央口の改札を出場して券売機で履歴をプリント。セントラルタワーズの東急ハンズでBトレや鉄道模型を色々と見て休憩の乗務員さんも覗く程現場の方も立ち寄られる様子が感じられます。Bトレは名古屋行きというと必ず買うのが日車の夢工房からリリースされる限定品でこの頃は東京でもカツミ模型店(旧称でスミマセン)やポポンデッタで並ぶ事があるのでさすがに地元で買うと気が引けるので本場でゲットした方が味が出ます。棚を見ると『ワイドビューひだ』や名鉄の電車(今回の宿の親会社で敬意を表して)が色々と並んで今回選んだのは6000系でブルーリボン賞を受賞した事がある電車としての認識が強いです(通勤タイプではこの後、銀座線の1000系が取ったのは記憶に新しい所です)。また、Zゲージ(ドイツのメルクリンが有名ですが、マイクロトレインズ[=KadeeのNゲージとZゲージ部門の分社です]のアメリカの貨車です)さすがに新幹線の時間まで時間がないのか12階のスターバックスは立ち寄らず、エスカレーターを2階で降りてこのままコンコースに降りて先ずはギフトステーションで大須ういろの一口サイズ(10個入りで白いのが2列かなと思いましたが?抹茶が上下に)と宮きしめんの半生をお土産に。再び、コインロッカーに戻り、トートバッグとネットブックを引き取り、帰りの新幹線は自由席なので太閤口へ足を向けると北側の改札から入場。待合室で少し時間調整して今日アップ分の前編、後編と頭の部分を書き出し(帰宅してから肉付けします)、中身の無い様なお姉ちゃん達が声高に話していたり子連れも居て(師走の平日でどういった御用なのでしょう)と落ち着けませんでしたが、後で売店の前が空いて合わせて30分ほど過ごしてから14・15番線へ。駅弁の売店で『とりご飯』、自販機でJR東海ブランドのほうじ茶・香のホットをSuicaで。四日市の駅の自販機はKIOSK管理でしたが新幹線のホームはJRの管理が強く、東日本のエリアに入ると新幹線、在来線問わずプライベートブランドの飲料(=フロムアクアや朝の茶事)が当たり前に見ている環境からすると東海は少し偏った印象です。

 帰りの新幹線は『のぞみ』246号(783-2076×16/X76編成)でN700系では比較的後半のグループで番号を見ると一本違っていたら7並び(N700A改造で+2000になりましたが………)のグリーン車が連結された編成に当たって宝くじではありませんが前後賞を頂いたみたいで2号車に並びます。名古屋駅と言うとマスターのブログのネタに頻出するマイク片手に大絶叫する駅員さんのアナウンスが名物(迷物)でしたが、ホームの安全柵整備が進んで落ち着いたものの、太閤口は衆院選の演説で賑わっておりました。

 『のぞみ』246号が定刻の18時03分に出発すると一泊二日の名古屋行きも大団円。ショルダーにトートバッグ、お土産の手提げと大荷物なので先客や隣客が居ないと助かるのですが(図々しい訳ではありませんのでご理解の程を………)、これを思うと最近はキャリーバッグ片手の若い人が多く、こちらも足手纏いになる事も時折ありますが、こちらの格好はどちらかと言うと強力さんみたいで言い換えるとキャリーバッグの若者は山ガールといった感覚で。帰りの新幹線ではお決まりの様に『とりご飯』に舌鼓を打つのも楽しみでそこそこ並んでいた所で2人掛けのシートをゲット。N700A系のフットワークで味わう伝統の味もなかなかでいつものように豊橋あたりで平らげると今回は浜松の周りで車掌さんが3人チームで巡回。スタンプを押して頂くと少し一休みして気がつくと静岡県内でも東側に差し掛かり、新丹那トンネルを越えると程なく小田原でモデル線部分に差し掛かると新横浜到着まで10分弱。宵のうちで位置関係も分からずデッキに出たのは相模川の鉄橋の手前で2〜3本、下り列車に擦れ違いながら新横浜駅は1番線の到着です。

 続きはこちらです。

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H26.12.08 名古屋行き(四日市周辺・その1)

 尾張名古屋で迎えた朝は3年振り。目覚ましを6時にセットするも進んでいたのかテレビのスイッチを入れると5時55分頃の起床でモーニングは7時からなのでこの間にネットブックに昨日収めたデジカメの画像のバックアップ保存や四日市で見る内容の予習をしました。テレビはCBC(=東京はTBS)の『あさチャン!』を見ますが、所々名古屋ローカルに変わって日頃見る東京からのオンエアと違うところが見られ、枕元にラジオが付いていたら同じCBCの『おはよう一直線』を耳にした所ですが、いずれはradiko premiumを申し込まなくては………と勘繰ります。

 着替えをしながら荷物の整理が済んで時計が7時を回る頃にはエレベーターで1階に降りて中日新聞の朝刊を買い求めてコメダ珈琲店でのモーニング。ドリンクだけでトースト(ハーフサイズ)とゆで卵が頂けるのでマスターはアメリカンにジャムトーストをオーダー。ボックス席はえんじ色のキルトのソファーでどこか往年の国鉄のグリーン車の座席を思い出させ、グリーンのマグに注がれたアメリカンにモーニングは今日一日の活力を十二分に与えることを確信します。新聞や週刊誌の備え付けもあって新聞は読売と日経MJが常備。読売の愛知版をすかさずチェック。再びフロントに顔を出してチェックアウトの手続きを取り、昨晩歩いた道を再び桜通口へ。ビジネスホテルに専門学校、居酒屋が多く、八王子で言うと中町や東町あたりが賑やかさを増した印象が感じ取れます。

 桜通口から入ると先ずはコインロッカーにトートバッグを預け(昨日に続きTOICA対応ボックスで)、グランドキヨスクでお昼の駅弁を品定め。最初は『復刻弁当』を希望するものの、『こだま』弁当の掛け紙が東海道新幹線開業当時の復刻版でさすがにJR東海のお膝元だけあってこの演出は嬉しく(因みに今日の『復刻弁当』は昭和42年版です)、松浦商店の幕の内系はマスターも好きな駅弁のベスト5に入るほど気に入っています。因みにSuica払いではなく、四日市駅のホームの自販機が対応機で無かったらのリスク回避で現金払いとなりました(後で現地へ赴くと入っていたので杞憂に終わりました)。

 券売機でSuicaをチャージしてゲートイン。南側の改札から入って地下通路を12・13番線へ。四日市に9時着はこの位にならないと十分間に合わないので早めに出掛けた算段です。

 12・13番線に来ると関西本線の電車は4両編成でどの電車も通勤・通学客を満載して到着し、昼間は313系がワンマン運転の2両編成が来る事を思うと輸送力の段差が激しい事が伺え、昼間の2両編成の他に朝夕は3両編成に助っ人の211系が登板。211系と言うと丁度、中央東線でも少しずつ湘南電車や高崎線辺りの転属車が入りつつあるのでいずれは「地元へ戻ってしまう」という錯覚に陥ります。

 名古屋から8時16分発の四日市行き(309M、クモハ211-2×4/海シンK51編成)で四日市まで乗り、3年前に続いて先頭のクモハ211を連番で乗ったことになります。時間帯的にもボックス席よりはドアの脇のロングシートに腰掛けてシートが新製当時の蘇芳色のままで東日本の車に見慣れた目からすると何処か懐かしい印象です。いつの間にか出発のアナウンスが変わり、何処か新幹線の次の駅を案内する形で定刻の出発。対向列車を見たいので上り側にまず腰掛け、名古屋の車両区〜笹島では早速211系同士すれ違い、八田で313系の2両ダブルス、春田では211系同士の擦れ違い(306M、クモハ211-5047×4/海シンK1編成)をしてもう中央東線ではあるかな?と言った具合でこの辺りから通学生もガクンと減ってボックス席にも余裕が出てここで移ります。ずっと四日市まで余裕と思いましたが、次の蟹江から向かいに60前のお父さんといかにもニートっぽい太めの息子の親子連れが座ってきて四日市まで乗るのを耳にしたのでヤバい!と思いましたが(後で四日市で『みえ』1号に乗り換えた様子で桑名にも止まるので変わらないのですが………と嘆き、普段から時刻表を読んでいない事が伺えます)、幸い次の永和(こりゃええわ〜と『アド街』並のダジャレも出てきて)で中ドアから後方のボックスへ移り、海側へ目を転じます。車内の余裕が出て後はお客さんが乗っても桑名で降りてまた、朝日から富田浜までは四日市へ行くというパターンなので何処となく読めますが、18きっぷのシーズンになると乗り通し客も見られるようで油断にならず、こちらはタンク車を見たいが故にこの電車になった訳です。弥富は愛知県最後の駅で3番線には名鉄の6500系(6502×4[中日新聞])が停車中。関西本線は近鉄名古屋線と並行して時折アーバンライナーや伊勢志摩ライナー、しまかぜ(今年のブルーリボン賞受賞車ながらこちらは富田でも見られませんでした)、ビスタEXと様々な特急電車が走る姿を見せていますが、ここでの名鉄電車は珍しく、佐屋や津島、あま市(旧・海部郡)から名古屋、更に木曽川に沿って一宮へ向かう事ができます。いよいよ長大橋梁を窓越しから楽しみ、木曽川の鉄橋から桑名までは複線になり、ここでは名古屋行きの普通電車にすれ違い、国道の尾張大橋のアーチにJR、近鉄の見事なトラスが並び、シムシティで遊びたいなと言った雰囲気で輪中の小駅・長島からは三重県に入り、桑名駅は『みえ』4号(朝日で擦れ違い)を退避する普通電車が3番線に停車。桑名を出発すると近鉄のアーバンライナーにすれ違い、富田、富田浜とさすがに対向列車に気遣っての時間調整で富田の構内はDD51の856号機が控えて東藤原からのセメント列車はこれが行ったり来たりする様子で海側の三岐鉄道のバスの車庫には様々な日野車のバスが止まっているので眼を楽しませ、中型の路線バスにはイオンモール東員のラッピング入り、オレンジ色に塗られた小型のバス(1ドアの初代ムーバスでウチの方で食べ物屋さんの送迎バスや葬式専門のバス会社で見られます)は東員町のコミュニティーバスでその名もオレンジバスです。鉄道の群線を見ると501列車で東藤原へ返送するホキ1000が並んでいたほか、タキ1900が1両ポツンと止まっていた他に奥にはワム80000が1両転がっていました。

←ホキ1000-28+27+19+18+26+25

 富田浜では『南紀』2号にすれ違い、鉄橋ではミニバンに乗り付け、河原に三脚を林立させた撮り鐡の姿も目撃し、DD51か先程の南紀号か何が目的なのか東京近郊ならすぐパトカーが来そうですが今日は駅の方はどういう塩梅か気になる所でいつの間にか大きなロードサイド店が出来てこの山側には北関東のお店も真っ青な規模のカインズホームや蟹江の手前にもヨシヅヤとジョーシン(家電量販店)が入ったご当地輩出のAEONよろしく大きなショッピングモールがいつの間にかオープンしていたのには驚き、快速では30分程の四日市行きも朝の普通電車となるとすれ違いが多く、1時間弱と鈍足になり、9時に目指そうとなるとこれが一番無難な線ですが、四日市に着いただけでも満足です。

 四日市は2番線の到着。乗った電車も『普通』から『区間快速』に幕をチェンジ。丁度海側に目を向けると5271列車で南松本から到着したタンク車が控えて同じ9時台でも9時半過ぎにはコスモの積込線に入ってしまい、言わばこの30分程が勝負で前に来た時はここで失敗した訳です。後の列車にも続きますが南松本向けの列車を見るといずれも14両編成が標準でマスターにとっては地元で見る根岸〜八王子の列車で連結される両数と釣り合うので見る量は然程変わらず、いつもの感覚で支度します。本来、中央西線は最長18両の筈がいつの間にか14両が当たり前になったようですがフル編成になるのは冬場の繁忙期でないと見られないのではと感じ取れます。いざデジカメで1両ずつ収めると海側は逆光で日加減が今一つです。

◯5271列車到着分…編成はタキ43000の44t積みが大半ですが、名古屋方の1両だけがタキ1000の組み合わせです。目立つ車を拾うとエネオス&エコレールマーク入りのタキ243000で浜五井の常備車の他にタキ1000と一緒に移動した塩浜常備車もあるのは知っていたものの、今回漸く初顔合わせ、243884番は前に全検出場の回送を地元で確認したことがあり、243752番は昨夏の松本行きの残務処理です。
△(亀山)
タキ243852 JOT/塩浜* 全検25-6-13川崎車、自重16.1t 石油類)黒地
タキ243847 JOT/塩浜* 全検24-11-26川崎車、自重16.0t
タキ243796 JOT/四日市* 全検24-11-8川崎車、自重16.5t
タキ243884 JOT/四日市* 全検25-9-2川崎車、自重16.0t 無
タキ243760 JOT[e]/塩浜# 全検26-8-13川崎車、自重16.0t 石油類)黒地
タキ243775 JOT/塩浜* 全検24-7-13川崎車、自重16.3t
タキ243757 JOT[e]/浜五井# 全検25-4-8川崎車(30-5-3切)、自重15.7t 石油類)黒地
タキ243752 JOT/塩浜* 全検24-12-20川崎車(30-1-14切)、自重16.4t
タキ243771 JOT/塩浜* 全検24-5-25川崎車(29-6-19切)、自重16.4t
タキ243773 JOT/塩浜* 
タキ43442  JOT/根岸 全検24-2-16川崎車、自重16.2t
タキ243671 JOT/塩浜* 全検22-7-28川崎車、自重16.3t
タキ43430  JOT/塩浜 全検24-8-2川崎車(29-8-27切)、自重15.8t
タキ1000-813 JOT/浜五井
四日市*、塩浜*=旧郡山常備車、塩浜#、浜五井#=旧本輪西常備車

 降りてから20分近くタンク車を見てから改札を出て、駅舎伝いにトイレがあって入ろうと思った所で清掃中とのこと。再びSuicaをタッチして2番線の折り返し電車(307M〜312M、クモハ313-1327×2/海シンB519編成)がこの8月に新製されたばかりの新車でJR東日本の車は結構鉄道雑誌でも紹介しておりますが、東海の車両は『鉄道ダイヤ情報』ですら載る確率が低く(載っていたらごめんなさい)、先日購入したばかりの『JR電車編成表2015冬』に出ていた事がわかります。何でも、武豊線の電化用で今後、関西本線・武豊線、中央西線の名古屋〜中津川&中津川〜松本と言う風に運用分けがなされるものと感じ取れ、名古屋駅での告知でも3年前に『みえ』号が4両編成になったものの、昨年のお伊勢さんの遷宮需要が落ち着いたのと高山線用の工事準備でしょうか少しずつ編成を短縮して入場させている様子が読み取れます。余談が長くなりましたが、クハ312のお手洗いを拝借して1番線に快速電車が到着した所で先の5271列車で到着したタンク車がコスモの積込線へ移送する様子が行われていたので早乗りして正解でした。東藤原からの5363列車やコンテナの2087列車、再び東藤原行きの5362列車、南松本行きの5282列車と続くので合間を見てヤードに止まっているタンク車をチェック。構内や検修庫に入っていたナンバーは下記の通りです。

JOT/塩浜常備:タキ43186(全検26-9-20川崎車、自重15.7t)・243686#(全検26-9-18川崎車、自重16.0t)・243832*(全検24-12-20川崎車、自重16.3t)・1000-829#
JOT/根岸常備:タキ1000-621○
JOT/浜五井常備:タキ1000-821・812
(←名古屋)
タキ1000-317(塩浜 全検24-7-23川崎車、自重16.8t)+243774(塩浜*)+243727(四日市* 全検24-6-4川崎車、自重16.4t)+243797(塩浜* 全検24-5-21川崎車[29-6-15切]、自重15.9t)
太平洋セメント/東藤原常備:タキ112454+他に2両
○=浜五井から移動、*=旧郡山常備車、#=旧本輪西常備車

 東藤原〜四日市の列車に関しましてはその2で詳しくまとめてご紹介しますが、久し振りに現車確認したこともあって前2回は全面運休や早仕舞いと好成果が得られず、来る度列車の編成を確認するとどの車も期限が伸びて一年のうち2回休車指定を受けたナンバーはザラ(特に2〜3年前は台風での橋梁流出や度重なる脱線事故でとばっちりを受けました)でこれが災い(?)してか調査も今迄に無く手子摺りまして、デジカメのSDも上手く収まって昔の様に何百メガバイトのメディアを突っ込んでいたら今回のような事は全くお手上げになっていた事は確信しております。5363列車の間は前半分だけ見ようと思ったら制限時間5分、お昼過ぎの5364列車で返すことが分かっているのでここで頑張ることにしました。

 モーニングを頂いて3時間ほどしか経っていませんが、四日市はマスターにとっては忙しい駅でして、ランチタイムもままなりません。列車や貨車の編成の流れを掴めばどこで取れるか読め、ここで2番線の自販機で『綾鷹』のホット(280ml)をSuicaで買い、ホームの自販機も幸い、TOICAやSuica対応になっていたので一安心。1番線のベンチに腰掛けての早めのランチタイムとなり、お茶がホットなのでこの分、身が沁みます。レトロな掛け紙もインパクト強く、おかずの美味しさは相変わらずでササミのフライが『綾鷹』と上手く合ってマクドナルドのササミフィレオ(実際はフィレオフィッシュみたいな食感ですが)何てあったらイケるのでは?と新発見。おかずも鯖の照焼き(これが来ると西日本の文化に突っ込んだことが伺えます)、ニシンの昆布巻きにコーチンの煮たものは絶品なり。

 お次は東藤原から来た5363列車に続いて5362列車が到着してホームの後方から色々とチェックし、こちらは幸い後で富田でゆっくり見る事ができ、顔写真入りのIDカードではありませんが、各車のナンバーと検査標記部分を1両ずつ収めて(特に昨年後半〜今年中の全検入場車は簡単にメモする程度で済みました)、またサイズも現車はM2、検査標記はM3と切り替えて。

○2085列車…以前は名古屋タ発と新座タ発のコンテナ車で組成していましたが、稲沢発に変わり、1099列車から継送した宇都宮タ+新座タ発のコンテナ車で組成しています。6両編成でコンテナは最後尾に3個のみと寂しい様子です。
DD51 875[更新赤]+コキ104-2179(全検22-4-5川崎車)+2587+2126(全検23-2-21川崎車)+107-602(新製24-6-2川重)+104-1094(全検22-7-26広島車)+107-971(新製26-5-8日車)

○8081列車…以前は定期で運転されていた南四日市行きも残って朝の2081列車の一部からそのまま入り、2085列車が到着すると15分後に改めて同じ線に入ったのがこの列車です。最後尾以外は全て19系コンテナばかり満載し、今年新製された単色19Dも本文で触れております。
←南四日市 DD51 875[更新赤]+コキ104-1839(5個目に19D-42660積載)+1269(全検22-11-11広島車)+2532(全検22-12-26川崎車)+107-394(新製23-11-7川重)+104-1270(全検22-10-1広島車)+1375(全検26-1-27川崎車)+393(全検25-9-27川崎車/丸コロ)+2445[空車]

○5282(〜5875)列車…14両編成だろうと思いましたが、やや短い12両編成での到着でタキ1000が目立つ顔ぶれで本輪西から移動した135番や新車の939番が見られた他、今年の全検車と新製車とで『塩浜』常備の差がなく2番線に止まっていた電車の窓越しから見間違えるほどです。
△稲沢(南松本)
DD51 890[更新赤]+DD51 893[更新赤]
タキ243669  JOT/塩浜* 全検22-5-31川崎車、自重16.2t
タキ1000-135 JOT[e]/塩浜# 全検22-9-16輪西派、自重17.2t 石油類)黒地
タキ1000-207 JOT/塩浜*
タキ1000-939 JOT/塩浜 新製26-9-5日車、自重17.2t
タキ1000- 77 JOT/塩浜* 全検26-6-20川崎車、自重16.9t
タキ243848  JOT/塩浜* 全検25-9-27川崎車、自重16.1t
タキ1000- 55 JOT/塩浜* 全検26-7-14川崎車、自重16.8t 石油類)黒字
タキ1000-139 JOT/塩浜*
タキ1000-316 JOT/塩浜 全検24-8-14川崎車、自重17.0t 無
タキ1000-341 JOT/塩浜 全検24-9-3川崎車、自重16.8t 無
タキ1000-326 JOT/塩浜 無
タキ1000-315 JOT/塩浜 無
塩浜*=旧郡山常備車、塩浜#=旧本輪西常備車

 5282列車は塩浜発の列車では珍しく停車時間が短く、見るのも一本勝負。編成の長さも日頃の慣れでしょうか何とか片付いて合間に8081列車のコンテナや午後の5380列車に乗せるタンク車が入ってきたので日の回りも朝の段階から若干良くなって来て頑張って何コマか収めて午前の部はフィニッシュです。

 続きはこちらです。

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2014年12月 7日 (日)

H26.12.07 名古屋行き(リニア・鉄道館+あおなみ線)

 以前は毎年の様に訪れていた名古屋行きも6月まで東京支部のお手伝いをしていた事もあってご無沙汰しましたが、部会が研究会に変わったのと同時に登録を再開し、最初は11月の前半に出掛けようと思った所で『パノラマ』のPDF版を購読するようになり、リニア・鉄道館の見学会が行われるので今年は東海道新幹線の開業50周年という記念すべき年と重なり、師走のこの時期らしく二度とない物も得られるのでいの一番で申し込みました。

◯因みに3年前に訪れた時のページはこちらです。
・オータムフェスタin名古屋でリニア・鉄道館の見学会
・四日市周辺の調査行→その1その2

 5時に起床して支度をして自宅発が5時半頃。丁度、西八王子を『成田エクスプレス』8号の送り込みが通過する頃合いでいつもは脇から霞める形が今回は踏切からちらりと見てゲートイン。

 西八王子から5時45分発の各駅停車・東京行きで八王子まで乗り、大月発の初電の接続を受けて小仏トンネルの向こうから乗ったお客さんが多いものの、前は西八王子でも疎らでしたが、物好きなナラビニストか底辺が増えたのかなと言った様子が感じ取れて日曜日の朝ながら些か窮屈になったのは寂しい所です。

 八王子から5時53分発の東神奈川行き(540K、クハE233-6018×8/横クラH018編成)で新横浜まで乗ります。今年は横浜線が205系からE233系への置き換えがあれよと進み、意外と中央線から横浜線でE233系同士の乗り継ぎは今回が最初で中央線の8号車と横浜線の7号車は奇しくも同じ400番代の車です。八王子から乗ると繁華街で繰り出した若者が多く、この辺も相原や橋本で降りてゆくとこちらも所望していたシートの真ん中を陣取り、さすがに夜明け前に霞み目でE233系のスタンプは読み辛く、横浜市内に入ると日が段々と昇ってくるので少しずつ見えるようになり、乗った編成に描かれた鴨居駅近くの鴨池大橋もバッチリと拝み、40分ほどで新横浜に到着。

 新横浜では新幹線の乗換えまで40分程ありますが、乗り換えの改札を通過してから東京方の待合室で時間調整。サンドイッチやコーヒーのお店はあるものの、こちらのお目当ては『崎陽軒』の横浜チャーハンをSuicaで。15分経ってから下りの3・4番線へ。JR東海ブランドのお茶を頂くのが楽しみでいつの間にかリニューアルされて緑茶の『静』のホットを頂き、こちらもSuicaで。

 新横浜から7時19分発の『のぞみ』203号(783-2012×16/X12編成)で名古屋まで乗ります。N700系があれよの間にN700A系に改め、元のナンバーも-2000番というのも一目瞭然で13号車は785形の500番代です。さて、27日に切符を買った際にシートマップを覗いたら結構空席が多いなと思いましたが、マスターが腰掛けた辺りから前はほぼ埋まっていた状態ながら東京方は比較的空席が多く、3人掛けでも窓際のA席以外は空席が目立ちます。快晴の新横浜を出発すると早速『横浜チャーハン』を頬張り、今日一日頑張るぞ!と気合が漲り、相模川の鉄橋を渡ると早速富士山の雄姿を車窓から覗かせ、冬晴れの朝の富士見は気持ちよく、後で沼津辺りでも収めたくらいです。鴨居のディスプレイの文字が大きく、配信している新聞のニュースも切り替えた駅毎にソースをメモしながら過ごします。小田原を過ぎた所で気合が入った若い車掌さんが早口で挨拶を交わしながら巡回し、さすがにN700系のフットワークは素晴らしい反面、車窓越しから見える在来線の車両の車番が上手く見えないのが玉に瑕で静岡ローカルを見ると313系と211系の混結も当たり前に行われた一方、静岡車両区の構内には『あさぎり』の371系が寝ているところを目撃。次のお目当ては浜松周辺と言った具合で浜松駅の西側の引上線には特急の373系が休んで最初の3編成なら嬉しいですが(私事と重なりますが………)、西浜松の構内にはコキ107やコキ50000、コンテナは嵩高の20Cや横浜ゴムのU50A?、フレートライナーのUV52Aが鎮座。浜名湖を過ぎるといよいよ愛知県に突入。豊橋は名鉄の3500系や313系の300番代(2両編成)を見て海沿いの蒲郡から三河平野を一直線。三河安城でアナウンスが入るとこちらも笠寺のホームに差し掛かった所を見計らって降りる支度をします。

  名古屋駅は17番線の到着。行き先やロゴを収めてから出発を見送り、改札を出て元銭湯のコインロッカーへ。3年前に来たときにはTOICA(勿論、こちらのSuicaもOKです)対応のコインロッカーが入っていましたが、余り使いこなせなかったのか幸い、八王子駅にも改札口から南口へ向かう通路に何台かあるので通り道のついでに実践する際の手解きを汲み取り、無事収容。太閤口から新幹線の下りの真下を歩いてソフマップを目印にあおなみ線の改札にゲートイン。新幹線のホームからビックカメラのロゴも見えるので馴染みの場所へつい戻りますね(余談)。

 あおなみ線はストレートで金城ふ頭へ行くのは面白くないので車窓の左手から名古屋の貨物ターミナルの構内が拡がっている事から駅毎に細かくキャッチして行こうと思い、9時発の金城ふ頭行き(333H、1103×4)で先ず、荒子へ。暫く関西本線と併走して貨物駅があったささしまライブを見て海側へカーブして最初の駅の小本では早速、コキ100系の4両ユニット車が3組止まっていたので車窓越しからメモするもここからもう構内に入っている事が分かります。名古屋タ側のユニットが後で牽かれて来る格好で現れたのでこの時は思いも寄りませんでした。

←名古屋 コキ103-30+102-30+29+103-29(海ナタ、全検24-8-21名古屋車)+103-122+102-122+121+103-121+[103-154+102-154+153+103-153(全検23-6-20広島車)]

 最初に降りた荒子はホームの東側にちょっとした貨車の検修庫があり、コキ107-358ともう一両コンテナ車が入線。金城ふ頭方からライトを灯すディーゼル機関車の姿が見えたのでやって来たのは名古屋臨鉄のND552の16号機。何と!DD13がそのまま譲り受けた格好(この16号機、ボディー載せ替えで元は北海道の苫小牧港開発にいたD5600形の車体です。また後述する3号機のボディーが正真正銘の元DD13で国鉄時代は八王子にいた233号機です)で今ではDE10やHD300が働く貨車の入換も30ウン年前までは全国津々浦々見られた機関車でマスターも八王子で見ていたこともあって懐かしさに一時浸ります。また、ホームから見える範囲で待機していた編成は次の通りでさすがに後方は退色と光線具合、マスターの視神経の疲労困憊で見辛く省いたや見間違えた点があったことお詫び申し上げます。

←名古屋 コキ104-985(全検21-12-10輪西派)+103-160+102-160+160+103-159(全検23-7-4広島車)+104-947+1095+401+106-1037+323+104-1812+2334+2351+935+1563+****+2027+****

 一本待って9時22分発の金城ふ頭行き(511H、1108×4)で次の南荒子へ向かいます。

 南荒子では順繰りに金城ふ頭へ向かうところが入換作業が始まったので一本遅らせて(ここで予定表通りになります)頑張って見ることにしてどの駅も7~8両は止まれる長さに作っているものの、実際は4両編成なので両端が柵で遮られている点が少々不満ですが安全の事を思うとこれは仕方有りません。

 この頃丁度、2両のND552が入換で働いてブルーの3号機に牽かれて下記のナンバーが入線します。
←コキ107-873(新製25-6-18日車)+104-280(全検25-8-8川崎車)+105-68+67(海ナタ、全検21-11-13名古屋車)を持って来て、この後は更にコキ104-2905+1272+538と連結してND552 16が小本駅から持ってきたコキ103-154~103-153の4両をコキ104の3両と入れ替わりに連結。続いて貨物ターミナルのホームからコキ103-229+102-549+550+103-230+101-37+100-37+38+101-38+101-120+100-120+119+101-119+103-141+102-141+142+103-142とユニット車が続く見事な組み合わせに。

 他にも南荒子のホーム前からは次のナンバーが見え、コキ50000でもこの所、ノーマルタイプしか見ておりませんでしたが、久し振りに最速100Km/hのミントグリーンカラーの250857が転がっておりました。

←名古屋
・コキ104-1239(全検22-9-25広島車)+2701(全検23-9-1広島車)+106-875(全検22-8-22広島車)+104-2499+106-462+104-274+253+645+105-63+64(海ナタ)
・コキ104-1196+1166+107-511+703+104-2680+106-90+107-641+104-185

 また、四日市行きの2087列車もここで出発してDD51 875[更新色冷風]の牽引。コキ103・102のユニット車にコキ106・107の各形式にコンテナは旧日本ゼオン→JOTのUT11A-5018、三菱化学のUH17A、UM12Aは三井金属、JRFリースと多彩なりでこちらは明日のお楽しみと言った様子です。

 南荒子から9時53分発の金城ふ頭行き(339H、1605×4)で終点の金城ふ頭まで乗ります。スポーツクラブの小学生集団が多く、幸い次の中島で座れ、場所柄マリンメッセへ向かう若い子が目立ちます。親子連れの大半は我々と同じリニア鉄道館で稲永から野跡へ向かう途中の駐車場にはJOTのバルクコンテナやUH20Bを積んだトレーラーを発見。行きがけのお駄賃ならぬボーナス(?)をゲットし、金城ふ頭へ無事到着。

 リニア・鉄道館は丁度3年前に行われた本部のオータムフェスタ以来の来館であの2ヶ月後に亡くなられたM副支部長が頑張っておられたのが印象的で他にも日頃東京近辺で顔を合わせることが多い私鉄部会のM氏や支部委員のT君、5月に亡くなられた林さんや研究会でお世話になっている茅ヶ崎のK氏とも一緒になった事があります。エントランスのロビーで受付を済ませ、名古屋支部の支部委員・H氏やN支部長にもご挨拶して武豊のN氏も来ている筈ですが、こちらのほうが先に入ってしまい、見ていた所で携帯が鳴ったので折り返して入れるとやはりご本人で親しい若手会員のB君と一緒に。先ずはジオラマを見てクリスマスらしくセントラルタワーズの照明が趣向を凝らし、走っている列車も真夜中はサンライズエクスプレスに新幹線の保線作業車、新幹線は新旧問わず特に下り線は0系や100系と言った懐かしい顔が多く、他にも313系やキハ75、キハ85系etcと現在のJR東海の車両が本物同様に動いて楽しめます。

 車両をあれこれ見学して次はN700系のシミュレーターを楽しみ、N氏「東京駅の在来線が無い!」と確かにJR東日本に仁義を切る必要があったのでしょうか少々物足りない印象ですが、この後はデリカステーションで『新幹線50周年弁当』と東海道新幹線の沿線の茶どころのお茶をブレンドした『東海道お茶じまん』の昼食。最初は2階のグリーン車マーク風のテーブルでも良かったのですが、外に止まっている117系のクハ116で男三人、弁当の箸をつつきながら名港トリトン(潮見町〜金城ふ頭)に係留する貨物船、あおなみ線と眺めも最高なり。

 12時45分に再集合して700系の前で記念撮影の後、オータムフェスタのときと同様、講義室で東海道新幹線やリニア・鉄道館の取り組みのお話を一時間半ほど聴き(副館長さんもこの時お世話になりました)、秘蔵車両からクモハ165や新幹線のグリーン車16型の車内を見学・撮影を楽しみます。一通り終わると閉館までの過ごし方は各々自由でマスターはN氏、B君たちと700系から2階の歴史展示室から収蔵展示室と新幹線関係の展示一色を楽しみ、国鉄バスの第一号車から再びジオラマを見学。また2階に戻ってシンボル展示の映像を300系のグリーン席に腰掛けながら楽しみ、ミュージアムショップに立ち寄ってから今回の見学会も終了。

 金城ふ頭から17時15分発の名古屋行き(516H、1105×4)で名古屋まで乗り、車内を見ると野跡辺りで空いた席が有ったのでちゃっかり腰掛け、すっかり日が落ち、窓越しも暗い中、荒子南ではEF210が2両顔を並べている様子を見て後は名古屋駅に着くのみ。

 名古屋駅のあおなみ線の改札前で金山のI氏や新人会員のM君と合流。太閤口の喫茶店に立ち寄ろうと日曜の夕方らしくカフェドクリエは満席、ビックカメラの並びにあるサイゼリアは10分待つと入れるのでドリンクバーを注文。N氏持参の『鉄道ファン』昭和58年の3月号(何と!当時はマスターが大変お世話になった東京支部のT支部長の連載がのっているではありませんか!)に平成2年の4月号(こちらは新刊で所蔵しています)を拝見。前者の方が本家のはとこが手伝っている古本市の時に買う頃のと近いかな?と言った具合で57-11改正前後の車両動向が載っていたのでリニア・鉄道館に保存している車の話題もちらほらと出て凡そ1時間過ごして散会。

 こちらは続いてエスカのお店で夕食を取りたいのでお店を探すとこの時期らしく味噌煮込みうどんを食べたいなと思い所望すると『山本屋本店』は行列が続いていたのでパスし、以前『テルミナ』に入っていた吉田きしめんのお店があったので尋ねると味噌煮込みは品切れでも味噌きしめんは出せるのでライス付を注文。海老天でも豪勢に付けようかと思いますが、朝はチリソースの唐揚げ、昼は味噌カツ(ヒレ)にエビフライと三食揚げ物は身体に悪いものの、揚げ玉が入れ放題なので明日に活力を入れる意味合いで多めに盛りました。

 太閤口からコインロッカーに入れた大き目のトートバッグを引き取り、グランドキヨスクで東海版のポケット時刻表をSuicaで買い、桜通口からこのまま横断歩道へ。以前は定宿の『ホテルアソシア・名古屋ターミナル』が目の前でしたが、ここと道を挿んで反対の大名古屋ビルと大々的に改築工事が進められ、2本目の交差点をジュンク堂が入ったビルを左折して「名鉄イン」の青文字のネオンが点っていたのでここだな!とすぐ分かり、3年前のオータムフェスタで来た時は少し北側の名古屋駅前に泊まりましたが、駅から少し離れて疲れた事もあってHPを見ると少し入った所の桜通の方がやや駅に近くで且つ朝食にモーニングの代名詞・コメダ珈琲店がホテルの1階に入って頂けるのでこれで楽しめます。先客のお姉ちゃんが居たので少し待って柳沢慎吾系のフロントマンさんから7階の部屋へ案内されてカードキーを差し込むと照明ON。入るなり早速入浴してから自宅へ電話を入れて下書きをするも飲み物が欲しくなったので4階に降りてオランジーナを買ってネットブック片手に打ち込みつつ名鉄インの一室からアップしました(幸い、備え付けのLANケーブルで接続できました。万々歳!)。

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2011年12月 4日 (日)

H23.12.04 名古屋行き〜四日市行き(その2)

 富田で降りると運転士さんの背後から降りる格好でSuica所持ながら前に言うことを考えましたが、「ICカードです」と申告して降りてすぐさま改めてタッチして入り直し、お手洗いを済ませてから2・3番線へ。いつも関西本線は遅れるので貨物列車もどうかな?と様子を伺ったらすぐ後に2085列車が3番線に到着します。

 お昼少し過ぎに時雨れたものの、後は快晴。構内を見るとDD51 1028[更新赤]や太平洋セメントのタキ1900が1両、三岐の群線にはホキ10000の姿が見えて本命のタキ1900は空振りでしたが、これが見られただけでも儲けもの。12時15分頃の西藤原行きは西武新101系の譲渡車・751×3の編成も見えました。

 3番線から定刻通りに着いた2085列車を早速ホーム伝いに確認し、コンテナは『ナニコレ』のオンパレードです。ご当地UM12Aでは太平洋セメントに焼却灰を納める龍南運送の真っ青なものやツートンカラーの徳山通運のものが積まれ、東海地区らしくコキ105も運用に入っております。
△四日市
DD51 1803[更新赤、冷風]
コキ106-597 龍南運送UM12A-5666,IPCU080492,龍南運送UM12A-5659
コキ106-389 MCLC筑波UH17A-5041,NRSU371368[2](界面活性剤),MCLC筑波UH17A-5067
コキ107- 13 NRSU381007[0],徳山通運UM12A-5779,MCLC筑波UH17A-5045
コキ106-295 全検20-2-13川崎車 MCLC筑波UH17A-5046,NRSU194032[0](塩酸),徳山通運UM12A-5780
コキ106-979 全検23-11-21川崎車 龍南運送UM12A-5548,MCLC筑波UH17A-5043,UH17A-5069
コキ53157
コキ51191 ①MCLC UT3C-19(EL硝酸)、②V19A-229(扉側にエコレールマーク貼付)、③19B-2582(再塗装)積載
コキ52649 3個目にMCLC UT3C-20(EL硝酸)積載
コキ106-901 3個目にJOT UR19A-15896(エコレールマーク単色)積載
コキ106-795
コキ105- 44 海ナタ 全検19-2-23名古屋車 中3個はUR20A(←225,10021,284の順)
コキ105- 43 海ナタ 全検19-2-23名古屋車
コキ105- 59 海ナタ 全検19-6-8名古屋車
コキ105- 60 海ナタ 全検19-6-8名古屋車
コキ105- 16 全検23-2-2名古屋車
コキ105- 15 全検23-2-2名古屋車

 三岐鉄道の群線には下記のホキ10000が入線しておりました。

←西藤原 ホキ10036(全検20-3-30名古屋車/25-10-1切)+10201(全検20-3-19名古屋車/25-9-19切)+10001(全検20-10-24名古屋車/25-10-22切)+10194(全検20-10-10名古屋車/25-10-8切)
※全車太平洋セメント/東藤原(石灰石専用)

一通り見る事が済んで再び四日市へ並ぶと前方に見覚えある背が低く肩幅の広い方を見付け、讃岐生まれで名古屋支部の副支部長を務めるM氏で今回のオータムフェスタではお会いできませんでしたが、思わぬ所でのご対面は嬉しいこと。三岐線へ行かれて先程行きの快速電車の窓越しからチェックしたホキ1000の話題も出てきました。

 四日市駅へ戻ると2080列車が出発待ち。DD51のナンバーが見間違えていたので慌てて前の方へ戻って確認し、降りる前に確認したほうが良いかな?とUT20Aを積んだ車のナンバーを見落として御免あれ(と言いつつも先客?の撮り鉄が邪魔していただけですが………)。

△笹島(名古屋タ)
DD51 1803[更新赤、冷風]
コキ104- 805 全検21-6-16小倉車(丸コロ)
コキ104- 31  ↑この2両は全てV19系
コキ104- 845 ↓
コキ104-2518 全検18-9-28川崎車
コキ104-2387 全検23-12-1輪西派
コキ104- 40
コキ104-2088 全検22-6-10輪西派[空車]
コキ104- 38
コキ107- 150
コキ106- 390 全検20-4-5川崎車
コキ104-1961
コキ200- 73 海ナタ 全検19-8-1名古屋車 JOTU671257[5],JOTU671284[7]
コキ200- 30 全検22-8-31名古屋車 JOTU671222[0],JOTU671271[8]
コキ107- 132 中央通運UT20A,NRS20'タンク,NRS[中央通運]UT20A
コキ106- 662 龍南運送①UM12A-5656、⑤UM12A-5657
コキ106- 682 [空車]

 この後はダイヤ通りなら塩浜から南松本行きの5284列車が到着するところが午前中の5282列車と揃って単機で到着となり、こちらはDD51 891[更新赤]が到着。この後、79列車が入るまでに一旦、待合室で一休み。

○79列車…通常通りの運転でDD51も何本か更新機が続いたものの、今日は昔ながらのカラーリングの847号機がリリーフし、この色でタキ1000を牽く姿は何処か新鮮な印象です(これを言うと北海道へお住まいの方には申し訳ございませんが………)。チェックすると夏遠征で見られなかった今年の全検車も結構見る事が出来、後2両は浜五井からの移動車で他の車より1時間遅く製油所へ。

DD51 847
タキ1000-200 JOT/郡山 無
タキ1000-264 JOT/郡山 全検23-10-3川崎車、自重16.9t
タキ1000-808 JOT/浜五井
タキ1000-245 JOT/郡山 全検23-8-3川崎車、自重17.0t 無
タキ1000-247 JOT/郡山 全検23-9-28川崎車、自重17.0t
タキ1000-221 JOT/郡山 全検23-10-28川崎車、自重16.9t
タキ1000-814 JOT/浜五井
タキ1000-815 JOT/浜五井
タキ1000-811 JOT/浜五井
タキ1000-624 JOT/根岸 #
タキ1000-816 JOT/浜五井 無
タキ1000-266 JOT/郡山 全検23-9-7川崎車、自重16.9t
タキ1000-136 JOT/郡山
タキ1000-178 JOT/郡山 全検22-9-25川崎車、自重17.0t
タキ1000-821 JOT/浜五井 無#
タキ1000-804 JOT/浜五井 無#
#=浜五井配備車

 ここまでサッと確認と撮影を済ませると一旦改札を出て入り直し、南松本行きのタンク車が次々入り、タキ1000の列は78列車の前方分?と言った組み合わせに午前中に引き出して控えたDD51+DE10重連に牽かれて5380列車で送る分が入りました。

○5380列車…四日市~南松本のルートでタキ43000中心の列車は夏遠征で返送の5878~5271レ(通常は塩浜行きですが、東日本大震災の影響で浜五井発の代替)をみましたが、この発送に当たるルートで稲沢から先は5885レに乗せるものと思われます。普段はDD51単機(これもラストの1805号機で元々成田空港のジェット燃料輸送用に作られたグループでオイル輸送と縁が深い)に稲沢へ回送するDE10のオマケ付き。編成はオールタキ43000・44000の組み合わせで43t車はオイルターミナルからの移籍車、44t車は浜五井から移動した車と倉賀野行きの5881/5884レ辺りでお馴染みの顔触れが揃っております。
△稲沢
DD51 1805+DE10 1725[更新赤]
タキ243884 JOT/郡山 石油類)黒地#◎
タキ 43398 JOT×/浜五井[OT/宇都宮タ] 全検22-4-5川崎車(27-6-30切)
タキ 43376 JOT/根岸 全検23-10-28川崎車、自重15.7t 石油類)青地
タキ 44510 JOT/塩浜 全検19-7-3名古屋車(25-2-25切)
タキ243694 JOT/郡山 全検22-9-1川崎車、自重16.1t #
タキ243780 JOT/郡山 全検19-12-7名古屋車(25-2-25切)、自重16.0t #
タキ 44514 JOT/塩浜 全検19-6-28名古屋車(25-2-20切)
タキ243854 JOT/郡山 無#
タキ243753 JOT/郡山 全検23-11-24川崎車、自重16.5t #
タキ243808 JOT/郡山 #
タキ 43458 JOT/郡山 #
#=浜五井配備車、$=塩浜配備車、◎=戻りバネ試験車

*南松本行きのタキ1000
←名古屋 タキ1000-678+193+677+810+809+203+325

 電車もお昼前の踏み切り支障から相当遅れておりましたが、14時を回る頃にはすっかり回復。30分ほど待合室で一休みしてから最後の72列車は来るかな?と待ち構えるものの、空振り、アウトでオータムフェスタのついでの調査取材も終わりました。

 帰りは四日市から15時54分発の快速電車で時刻表では3分停車のところ、先の踏切支障の影響でしょうか3分遅れての到着となり、313系の1300番代に当たりました。気分よく終わったものの、後からいきなりやって来た挙動不審の撮り鐵野郎に邪魔され、名古屋駅で降りた所で「無礼者め!」と一喝お見舞いしました。こっちは関西線の遅れを知っていたので空気が読めたのですが、ゆとり脳の分際で逆切れする筋合いは無い!とマスターを逆らったら後は怖いですぞ。タンク車も最後の一締めでオイルターミナルから移ったタキ43000では43427(郡山)、43465(八王子)と昨年の全検車が纏まって移っているようで太平洋セメントのタキ1900共々次回への宿題として富田の構内には碧南行きのホキ1000(17+16+3+2)やタキ1900(81930)と到着。桑名の乗りも少なく、輪中を超えて名古屋の市内に入ると春田、八田と連続擦れ違い。後に若い車掌さんの集団が張り付き、N700系を見つつ13番線に到着。

*関西線の電車の運用は次の通りです。313系が丁度3000番代と1300番代の入れ替えと重なって今後良い記録になること間違えありません。本文の列車番号は快速、F=亀山方、R=名古屋方です
・クモハ211-1×4(海シンK52編成):5301M[四日市まで乗車]~5302M
・クモハ313-1309×2(海シンB501編成/新製H23-8日車):3309G~3310G~3317G[富田→四日市で乗車]~3318G~3325G~3326G~3333G~3336G
G~3322G
・←クモハ313-1317×2+1304×2(海シンB509+B404編成):4316M~3305M~3306M~5315M~4326M
・クモハ313-1319×2(海シンB511編成/新製H23-11日車):4320M-R~3311G~3312G~3319G~3320G~5311G~5312M[四日市→名古屋で乗車]
・クモハ313-3015×2(海シンB303編成):5300M-F~3313G~3314G[四日市→富田で乗車]~3323G~3324G
・クモハ313-3019×2(海シンB307編成):3307G~3308G~3315G~3316G~5309M~5310M
・クモハ313-3020×2(海シンB308編成):5307G~5308G~3331G~3332G
・クモハ313-3021×2(海シンB309編成):4320M-F~5303M~5304G~3321G
・クモハ313-3022×2(海シンB310編成):5300M-R5305G~5306G~3327G~3328G~4313G~4328M

 キハ75の『みえ』号も3月のダイヤ改正から全列車4両編成の運転となり、どの列車のボリュームが倍増し、上り列車を見ると午前中一杯は満席状況が続きましたが、お昼近くの列車になると座席にゆとりが出てきます。左手が鳥羽方の0・200番代のナンバーでいずれも2両編成、"#~#"は「#号~#号」の意味です。
・←キハ75-203+201:4~3~12~13
・←キハ75-1+3:6~7~16
・←キハ75-202+207:2~5~14~15
・←キハ75-4+204:8~9
・←キハ75-6+5:10~11
(おまけ=武豊線の編成も合わせて入れてみました。左手が武豊方です)
・←キハ75-403+404:4511Dで到着→入庫
・←キハ75-406+206:4546D~4551D

 名古屋駅に到着して関西線のホームから地下道を歩いていると貨物列車が通過した音が耳に入って中央西線のホームへ駆け上ると後の祭りで少々後悔しましたが、武豊線のキハ25を見たい故に3・4番線から出発するので1・2番線へ赴き、直近を見ると3番線発の区間快速でやって来たのはキハ75で少々ガッカリ。本来、武豊線のワンマン対応である400+500番代の編成にもしっかり戸袋に参宮線100周年のステッカーが貼られておりました。突き当たりのKIOSKで今朝の中日新聞の朝刊をSuicaで買い、旧テルミナへまっすぐ向かう改札を出てから券売機で履歴を刷りたいものの、四日市や中津川以遠がまだTOICA対応ではないので券売機を買う列が余りに長いのも東京と違った様子を感じさせ、また今日は笠寺のスポーツプラザで何かイベントがあるのか新快速、特別快速の臨時停車がある案内も耳にしたのでこのお客さんかな?とこちらも笠寺へ行きたかったものの、日暮れが早いこの時期とイベントで混む様子で今回はパス。そそくさとコインロッカーで荷物を引き取り、南側のKIOSKの銘菓コーナーで品定めし、宮きしめんの半生に青柳ういろうのひとくちサイズ、6個入りの納屋橋まんじゅうを頂き、帰りの新幹線は自由席なので北側の改札からゲートイン。駅弁はいつもの通り『とりご飯』にリニア・鉄道館ボトルのお茶を選ぶとレトロなところでモハ10を選び、ベンチが空いた所で荷物を置き、自宅へ電話。念願のキハ25とご対面。噂通りディーゼル版313系で戸惑う人もおられる事でしょう。乗り換えに余裕を見たいのか最初、博多発の定期の『のぞみ』でもよかったものの、臨時ダイヤが無難だなと急遽、15番線に到着する『のぞみ』378号の列に並びました。

 予定より少し早く『のぞみ』378号(723-28×16/C29編成)で新横浜まで乗ります。最後尾の1号車も座席に余裕があり、名古屋からでも3人掛けを独り占めするお客さんも見られましたが、こちらは楽勝で2人掛けをゲット。テーブルを出して早速とりご飯に舌鼓を打ち、夏にiPod touchを買ってから長年の懸案だった編成調査の電子化に漕ぎ着けましたが、まだまだ遠征分は容量の関係からすぐには実行できずi Phoneなみの容量を持つタイプに更新したら近県の遠征くらいは持ち歩こうと意識がいずれ出てくるかもしれません。いつもながら卵やそぼろの木目細やかさに感服。こちらも段々手書きからi Pod touchで書くようになる事が当たり前になりつつあります。豊橋までに平らげ、浜松を過ぎて三島まではお休みタイム、小田原を過ぎると降りる支度をして相模川を渡って5分前にデッキへ。センサーが近いのか矢鱈空いたりして、近くのお客さんスミマセンです。新横浜は2番線に到着。

 続きはこちらです。

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H23.12.04 名古屋行き〜四日市行き(その1)

 尾張名古屋で迎えた朝は7時に起床し、身支度や調査のひとり作戦会議を考え、荷物を整理して7時半に部屋を出て1階の朝食ルームで値段もあって大盛況。シティホテルに慣れた身にとってみるとビジネスクラスvsエコノミークラスの差を実感。ご飯は予めマシンで握った白ご飯のおにぎり(+焼き海苔、鰹節の佃煮)、ポテトサラダ、フリーズドライの碗だね+オートの味噌汁、パンはバターロールにメロンパン、カフェオレを頂きます。8時を回って名鉄インを出発。定宿だったホテルアソシアが有ったテルミナの部分の解体工事を見ると何処か無残な気がして言葉が出ません。

 桜通口から入って先ずはコインロッカーで500円玉を崩して預け、それからグランドキヨスクでお昼の駅弁をSuica払いで今回もまた『復刻弁当』を選び、今回は新幹線が開業して暫く経った昭和40年代の前半の絵柄です。

 少し早めに改札に入って関西線の12・13番線へ。お目当ての快速電車まで少々時間があったので色々と見て先行の普通電車はここで新製されたばかりの313系の1300番代とご対面。雑誌で編成番号が途中で変わってどういう意味なのか確かめたらB400番台はワンマン準備車、B500番台はワンマン対応車と分けられて後者はこの関西線の他にも中央西線で松本へも現れるのでこりゃ、シニア会員のKさんにも話さなくては。参宮線の開業100周年ステッカーが貼られたキハ75や衣浦臨海行きの1250列車はEF210-159+EF66 121牽引。『みえ』2号が引き上げるとお目当ての亀山行きが入ります。

 四日市まで9時3分発の快速亀山行き(5301M、クモハ211-1×4/海シンK52編成)に乗り、先頭がクモハのトップナンバーと縁起を担ぎ、61-11改正から東海道線の快速電車を中心に活躍したグループで今回の入れ替えで久し振りに大垣から神領へ転属に。北関東へ行く事が多いマスターにとっては高崎線や宇都宮線でお馴染みのタイプながら番号を示す通り湘南電車の続きナンバーです。シートはここ2〜3年急激に東日本の同期車はエメラルドグリーンのシートに更新されたものの、こちらは新製時の蘇芳色のままで東海の211系もドアの吊り革が増設されてレール側に向いた格好です。さて、車内に入ると後から入って来たオバちゃん集団に割り込まれ、四日市まで乗る身にとっては些か苦痛になりましたが、左手の2列目へ。良い歳して舌打ちしたくなりますね。さすがにナンバーが気になったのか一度降りてこの間にはガタイがある私位と一緒の年格好と言った感じのアメリカンなお兄さんが現れ、頭が薄くなりつつあるも左腕にはタトゥーとなかなか。出発するとドアの脇のロングシートが空いたのでそちらへ移ってthank you very much!英文の厚い本を読みつつ桑名まで乗られました。

 名古屋を出発するとすぐ鹿児島タ行きの1071列車に擦れ違い、昨日の『のぞみ』号と同じ頃合いだったので前の方に福山通運の30フィートコンテナが積んでいたので同じ列車かな?と思い、他にも日通のエコライナー31も見掛け、近鉄の特急電車を見て快調に走り出し、名古屋の車両区には今年登場したばかりのキハ25(No.2+102)も見られ、ぱっと見313系かなと言った顔が特徴でこちらも「ディーゼル版313系」と形容したくなります。八田は後で四日市で見るコンテナの2083列車、春田は『みえ』2号の擦れ違いで停車し、地平の単線区間に入ると走りっぷりや沿線の風景を見ると何処か高崎線の深谷や本庄辺りから群馬県の県境近くを思わせ、グリーン車の編成が入る様になってからは籠原までの付属専従で見られなくなりましたが、宇都宮から矢板辺りとも置き換える事が出来ます。蟹江から車掌さんが回って来て一人一人丹念に見てこちらは「ICカードで乗っております」と申告。輪中の鉄橋を超えると最初の停車駅は桑名で先程のアメリカンのお兄さんはここで下車。少し入れ替える格好で出発し、四日市で降りるのでそろそろ支度をして注目するのは富田の構内で四日市行きのタキ1900が来るかなと思ったら空振りで丁度、東藤原へ返すホキ1000の501列車(←ED45 3+ED45 1+ホキ1000-5+4+26+25+21+20+22+31)と昨晩の5283列車で着いた分の前方に当たります。ホームの向こうにはDD51 1028を挿んでタキ1900が1両、海側の群線にホキ10000が4両とお目当てのタキ1900は空振りでもこの辺があるから気にはしておりません。

 四日市駅に降りると乗った211系の番号や所属表記を見てから目の前にタンク車が止まってさあ、見ようと思ったらコスモ石油の製油所へ引き上げ、詳しいチェックが出来ず一本早めに来れば良かったな…………。時刻から見ると5271列車での到着したもので夏遠征で確認したものでこの対は午後の5380列車の分になります。顔触れもあれ程見られたタキ40000は一掃されてタキ1000やタキ43000中心で後者は東日本大震災後に浜五井から移動した車や3月の西上田廃止の影響でしょうか青いオイルターミナルからの移籍車も見られました。


タキ1000-186 JOT/郡山
タキ243850  JOT/郡山 #
タキ44512   JOT/塩浜 全検19-3-28名古屋車(24-11-20切)
タキ43444   JOT/郡山 #
タキ43186   JOT/塩浜
タキ44509   JOT/塩浜 全検19-5-26名古屋車(25-1-18切)
タキ243681  JOT/郡山 石油類)黒地#
タキ43412   JOT×/浜五井[郡山]
タキ243698  JOT/郡山 #
タキ1000-183 JOT/郡山
タキ43150   JOT×/浜五井[西上田] 全検22-4-1川崎車(27-6-26切)
#=浜五井配備車

 構内を一巡りして一度改札口を出て改めてSuicaで入り直し、2080列車のコンテナ車の前に入る分を確認してから次は2083列車の到着です。

○2083列車…前は15フィートコンテナ専用のコキ110が混じっておりましたが、ほぼ全車がコキ104・106中心の編成となりました。

DD51 1804[更新赤、冷風]
コキ104-1532
コキ104-2804 全検23-9-27川崎車
コキ104-2619
コキ104-2306 全検23-4-22郡山車
コキ104-2511 全検23-8-29川崎車
コキ106- 422
コキ104-1087 ↑ここまで19系×5
コキ104-2342 全検23-6-8輪西派
コキ104- 715 [空車] ↓到着後は検修線へ
コキ104-1478 [空車]
コキ104- 139
コキ104-2797 [空車]
コキ104- 579 [空車]
コキ104-2075 [空車] ※後で3個目にW18D-22661積載

 次いで南松本行きの5284列車の到着を待つものの、塩浜駅から到着したのはDD51 825[更新赤]の単機です。時間を持て余すのも何なので自販機で『綾鷹』のホットをSuicaで買って待合室で早めのお昼を頂き、掛け紙もさる事ながら内容も往年の幕の内弁当らしい風格も。リニア・鉄道館で売っても悪くないかな?と言った感じで当のJR東海さんも許さないのでは?と新幹線が出来た時に東京駅で売られたもので誤摩化しているのだろうと言った感じがします。すると、茅ヶ崎在住のK会員とバッタリ。入換えの様子を見に来て午後の明知鉄道は充分間に合うとの事(名古屋駅は関西線と中央西線はお隣同士です)でご苦労様です。

 前はこの頃になると鹿島からのコキ200も参上しましたが、3月のダイヤ改正で廃止となり、予想外の番狂わせ続きで後半はどうでしょう。

 四日市から11時36分発の名古屋行き(3314G、クモハ313-3015×2/海シンB303編成)で富田まで乗ります。ワンマン運転で先頭に乗った方が無難かな?と思いつつもこの頃から八田辺りの踏切障害が影響してか遅れが目立つ様になり、四日市発は6分、富田着は3分の遅れ。途中の富田浜からは富田駅から近いイオンへのお買い物と言ったシニア客が結構見られました。

 続きはこちらです。

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2009年9月15日 (火)

H21.09.14 四日市周辺(その2)

 さて、ここからが前回、失敗した部分のリベンジです。四日市から富田は11時35分発の名古屋行き(318G、クモハ313-3020×2/海シンB308編成)に乗ります。前回の教訓からなるべく、運転台から近い場所(ワンマン運転の場合、先頭車の一番前が出口)に腰掛け、ショルダーの荷物も点検。異常なし。運転士さんも5分程の折返し時間、休む間もなく折り畳んでいた運賃箱の準備をして出発の準備と慌ただしいです。四日市を出発するとコスモ石油の側線に止まったタンク車を見て丁度、ここで亀山行きの快速電車に擦れ違うと同じ313系の2両編成。関西本線では3000番代が主力で中央西線でも松本行きの際に塩尻〜松本と乗る事が多く不思議と見慣れておりますが、ラインカラーが似通っているので中央線のE233系が出張運転で来たらこれと間違えそうなお客さんも出てしまうのでは?と思う事も。短い編成ながらスピードもなかなか。富田浜で単線になり、カーブの線路が複数見えて来ると富田の到着でもう降りる前から運転台の後に立って支度をしております。

 富田で降りる時は運転士さんによってSuicaは知らないので「カードです」と告げて下車して忘れ物も無くそのまま駅舎のリーダーで入り直して2・3番線へ。タンク車の方は四日市で見る機会が多かったので少々手持ち無沙汰となり、三岐鉄道のED45に牽かれてスタンバイしている様子やタキ1900の調査も撮影程度で四日市と違ったアングルで何枚か撮って楽しみました。いつもはピストン輸送の富田〜四日市間のセメント輸送ですが、1番線にDD51に乗務していた機関士さんが立っていたのでどうやら午後の分は運休の様でひと仕事終えて稲沢へ早々ご帰還と言う事かな?と少々気になります。

○2087列車…名古屋タ発のコンテナ列車でコキ106を中心にコキ50000やコキ100系の4両ユニット車、コキ104と多彩な編成。3両目には四日市を拠点に運用されるアミタのUM12Aが積まれています。四日市到着後、2080列車を見ている最中に普段であれば183列車へ向かうDD51がこの間の高崎行きで撮影したナンバーと1番違いで思わず大きめのサイズで撮影しました。
△四日市
DD51 889[更新青]
コキ106- 980 [空車]
コキ106- 596 全検18-11-18広島車
コキ106- 508 全検17-2-3川崎車 アミタUM12A-5691,NRSU381011[0],JOTU671095[2](ラテックス)
コキ107- 105 新製20-12-15川重 JOT UR19A-20610(2個目),20421(4個目)積載
コキ106- 355 全検20-7-13広島車[空車]
コキ50616 
コキ52965 [空車]
コキ51862
コキ106- 940
コキ106- 122 全検19-7-5川崎車
コキ103- 52 海ナタ 全検18-2-28名古屋車
コキ102- 52 海ナタ 全検18-2-28名古屋車
コキ102- 51 海ナタ 全検18-2-28名古屋車
コキ103- 51 海ナタ 全検18-2-28名古屋車
コキ104- 712
コキ104-2597 [空車]

 この頃になると東藤原から3714列車(→5365列車)の到着に合わせて来たものの、結局は空振りと奮いません。この頃、昨年、西武から譲渡された751系が西藤原行きで顔を出して新101系は正面のデザインを変えてインパクトを与えましたが、30000系の登場で廃車対象になり、私の世代からすると馴染んだ電車が段々と世代交替して寂しい面も出ています。また、富田の駅前には三岐鉄道のバスの車庫があり、20年前の中型路線バスから最新の観光バスまで新旧の日野車が顔を並べて止まってさながら博物館の様で楽しめます。

構内に止まっている車両は次の通りです
バス車庫脇:(←東藤原)タキ112465+112461[いずれもTR41E履き]
三岐群線:デキ203
旧ホーム前:タキ1900×1

 富田から四日市は12時22分発の四日市行き(317G、クモハ313-3017×2/海シンB305編成)に乗ります。午前中は好天に恵まれたものの、この頃になると少しずつ曇って来る様になって来ましたが、降られる心配はありません。富田からは先頭のクモハ313しか乗れないので名古屋方のドアからの乗車で前方のボックス席を陣取りました。

○2082〜2080列車…出発時刻を気にしながら2番線に止まっている普通電車の様子を伺って前方のコキ104をチェックしてからコキ200のコンテナは全部デジカメに撮影しました。
△笹島(名古屋タ)
DD51 857[更新赤]
コキ104-1275 全検17-11-8広島車(丸コロ)
コキ104-1959
コキ104-2422
コキ104-2887 [空車]
コキ106- 10 全検19-11-25広島車
コキ104- 359
コキ104-1680
コキ104-2424
コキ104-1552 全検21-4-11川崎車
コキ106-1100
コキ106- 58 全検19-8-2名古屋車[空車]
コキ200- 73 海ナタ JOTU671140[8],JOTU671115[7]
コキ200- 137 全検21-6-30川崎車 MCLC筑波UH17A-5043
コキ200- 83 海ナタ 全検19-9-19名古屋車 SNHU886043[0]
コキ200- 95 海ナタ MCLC筑波UH17A-5067,UH17A-5059
コキ106- 158 全検20-1-8川崎車[空車]
※コキ200-73積載のJOTU6711**=『四日市』所属の標記入り

○5284列車…普段の半数に当たる7両編成で到着して高速列車と同様に後3両、旧オイルターミナルのタキ1000が続きます。
△稲沢(南松本)
DD51 1804[更新赤]+DD51 899
タキ243671  JOT/郡山 全検17-3-16名古屋車(22-7-22切)、自重16.0t
タキ243677  JOT/郡山
タキ243771  JOT/郡山
タキ243842  JOT/郡山 全検20-5-28名古屋車(25-9-12切)、自重16.0t
タキ1000-321 JOT/塩浜 無
タキ1000-338 JOT/塩浜 無
タキ1000-343 JOT/塩浜 無

 この後は南松本からの79列車の到着を待ってこの間にホームの目の前に止まっていたタキ43000が日の回りが良くなったので再撮影。タキ43311に入った所で到着となり、転線作業の合間であたふたしました。ウィークデーで殆どカメラを向けるマニアが居ないのは嬉しい事。心置きなく取材が出来ます。

○79列車…この四日市止まりのタンク高速列車です。先月の松本行きは短い5両編成でしたが、今日は倍の11両編成で浜五井の常備車や移動車と馴染みのナンバーが多くのか快調に進み、到着後は前位のDD51が動き出して後位のDD51からそのまま転線します。時間を見ると丁度八王子で同じ南松本からの2080列車が止まる頃合いです。ここでSX200ISに入れた2GBのSDが1000コマ達成。

DD51 892[更新赤]+DD51 890[更新青]
タキ1000-274 JOT/郡山
タキ1000-809 JOT/浜五井
タキ1000-218 JOT/郡山
タキ1000-813 JOT/浜五井
タキ1000-245 JOT/郡山
タキ1000-247 JOT/郡山
タキ1000-179 JOT/郡山 全検17-11-28名古屋車、自重17.2t
タキ1000-193 JOT/郡山
タキ1000-815 JOT/浜五井
タキ1000-203 JOT/郡山 無
タキ1000-678 JOT/根岸 無

 今度は入れ替わりに対の78〜3089列車で南松本行きのタキ1000や5380列車に乗せるタキ43000が入ってここで一旦、改札を出て南松本行きの分だけを撮ります。

○5380列車…朝からずっとDD51とタキ1900を繋いだまま止まったいたのですが、正体はこの列車でタキ1900は全検入場車、後からタキ43000が連結されて43199番は今年の2月に全検出場した標記があるものの、前回の全検で塗替えた様で残念ながらマスターと出会す機会が無く、見逃しました。
△稲沢
DD51 1803[更新赤]
タキ112469 太平洋セメント/東藤原 東藤原→名古屋 全検17-10-14名古屋車(22-2-23切)、自重13.8t E
タキ43199 JOT/塩浜 稲沢行き 全検21-2-25名古屋車(26-7-20切)、自重16.2t

○78列車…南松本行きのタキ1000を連ねた列車で22時過ぎの出発ですが14時前に早々入線しました。前述の79列車と近いナンバーが多いものの、先月の松本行きで確認したナンバーも2列車で全てご対面。現車確認が今一つだった172番を漸くチェックしてH7新製車は全体でリーチ。
△稲沢(南松本)
タキ1000-200 JOT/郡山
タキ1000-266 JOT/郡山 無
タキ1000-172 JOT/郡山 全検17-8-19名古屋車、自重17.2t
タキ1000-186 JOT/郡山
タキ1000-811 JOT/浜五井
タキ1000-816 JOT/浜五井
タキ1000-325 JOT/塩浜 無
タキ1000-808 JOT/浜五井
タキ1000-812 JOT/浜五井
タキ1000-264 JOT/郡山

 一通り見てから14時05分発の名古屋行き(328G、クモハ313-3020×2/海シンB308編成)に乗りまたまた富田へ行きます。午前中の時と同じ編成で腰掛けた場所も偶然、同じ位置ですが、運転士さんが若い方に変わっておりました。

 富田を出る時は最初、三岐鉄道の本社がある東口から出ようと思ったらSuicaの反応が今一つでもう一度駅舎側のリーダーを通してどうやら読み取りがおかしいなと夏場はワイシャツの胸ポケットに仕舞う事が多く、汗が作用して読み辛くなるのでは?と例年の事で乗車の際の読み取りは大丈夫でした。忘れない様に右側の胸ポケットにはデジカメを突っ込むので巨乳の人の片側とどっこいどっこいかな?と想像します。さて、5367列車と思しき貨物列車の到着は見られず二回目は徒労に終わりました。

 富田から四日市は14時22分発の四日市行き(325G、クモハ313-3017×2/海シンB305編成)に乗ります。比較的空いていたので中ドアより前は私だけと言う乗り具合。晴れたり曇ったりとホワイトバランスの調整も骨が折れます。

 再び四日市へ戻ると止まっているのは5380列車とDD51の892号機が昼寝しているくらいで何処か退屈しますが、前回の埋め合わせで快速電車の運用調査や撮影というノルマも課せられているのでこれも頑張ってチェックし、JRR→交通新聞社の『普通列車両数表』で名古屋近郊の電車のデータが3年前のままで実際見るのはどうしてもフィールドワークでないと得られません。一通り片付くと改札口へ行って再入場。最後の72列車が到着するまではベンチに腰掛けて一休み。マックスコーヒーを一杯頂きます。

○72列車…いつも通り14両編成、後方(亀山方)は旧オイルターミナル所有車が固まってヤマを張ったら大当たり。前方は今年の全検出場車が結構目立ちます。
△稲沢(南松本)
DD51 1028[更新赤]+DD51 822
タキ1000- 59 JOT/郡山 全検21-8-11川崎車、自重16.7t
タキ1000-175 JOT/郡山
タキ1000- 75 JOT/郡山 全検21-4-17川崎車、自重17.0t
タキ1000- 67 JOT/郡山 全検21-6-2川崎車、自重16.9t
タキ1000- 78 JOT/郡山 全検21-8-28川崎車、自重17.0t
タキ1000-180 JOT/郡山
タキ1000-314 JOT/塩浜 無
タキ1000-315 JOT/塩浜 無
タキ1000-330 JOT/塩浜 無
タキ1000-324 JOT/塩浜 無
タキ1000-317 JOT/塩浜 無
タキ1000-346 JOT/塩浜 無
タキ1000-347 JOT/塩浜 無
タキ1000-331 JOT/塩浜 無

 ここまで終わると15時35分発の名古屋行き(334G、クモハ313-3018×2/海シンB306編成)に乗り、後のクモハ313に乗ります。4月に来た時は桑名まで貸切状態でしたが早く仕事や学校が終わったのでしょうか私含めて3名と桑名まで余り乗って来ない事を思うと益々の乗りで今回は充実感があり、面持ちも余裕余裕。太平洋セメントの分が予想外でしたが、車内では退屈すると思いつつも先代の携帯のAMラジオに耳を傾けて田園風景の車窓風景を楽しみながら乗りました。桑名では制服の小学生が大挙乗って来て私が座った左手には組の関係者っぽいお爺さんなのか親父さんなのか分かりませんがどうも東京では考えられない組み合わせですね。車内もいつもの様に愛知県内から乗りが多くなるので蟹江から向かいに一心不乱携帯を放さない(この頃こう言う人多いですね。回りを考えて下さいな)お姉ちゃんが向かいに座ってきて学校帰りの時間と重なって名古屋駅は定刻の到着。

太平洋セメントのピストン輸送…四日市地区の名物列車ですが、今回は2列車しか見られず、少々期待外れな面が出たものの、今年の休車延長(39日分増加)も結構見られる様になりました。前と同じ様に所有者と常備駅は太平洋セメント、東藤原常備、行の上が亀山方、下が名古屋・東藤原方です。因みに関西線内はDD51 896[冷風]が牽引を担当。

○6361列車〜5362列車[…三岐3713列車]
タキ112467 全検18-1-13金沢総(22-5-25切)、自重13.8t E H21-6
タキ 81906 全検18-1-24名古屋車(22-6-5切)、自重13.8t C H21-6
タキ 91945 全検18-2-9名古屋車(22-6-21切)、自重13.9t C H21-6
タキ 81903 全検21-1-10名古屋車(25-2-18切)、自重13.8t H21-7
タキ 71993 全検21-6-17名古屋車、自重13.8t
タキ 81918 全検20-2-26名古屋車(24-5-8切)、自重13.8t H21-7
タキ112174 全検21-3-25名古屋車(25-5-3切)、自重13.9t N H21-7
タキ 91959 全検19-2-21名古屋車(23-6-3切)、自重13.7t NK H21-8
タキ111953 全検18-12-1名古屋車(23-3-13切)、自重14.2t NK H21-8
タキ112161 全検20-10-28名古屋車(24-12-6切)、自重13.9t N H21-8
タキ111940 全検20-2-6名古屋車(24-4-18切)、自重13.8t N H21-8
タキ 71987 全検18-11-23名古屋車(23-3-5切)、自重13.8t H21-8
タキ 81916 全検20-8-27名古屋車(24-10-5切)、自重13.8t H21-6
タキ 81922 全検19-10-24名古屋車(24-1-4切)、自重13.8t H21-8
タキ 81910 全検18-3-31名古屋車(22-8-10切)、自重13.8t C H21-7
タキ112457 全検20-5-16名古屋車(24-6-6切)、自重13.8t H21-8
三岐ED45 7+ED45 8(3713レ)

○5363列車(〜5364列車=本来)
タキ 91948 全検20-8-12名古屋車(24-9-20切)、自重14.0t
タキ112158 全検18-1-30名古屋車(22-3-12切)、自重13.9t N H21-8
タキ112456 全検21-4-15名古屋車(25-5-24切)、自重13.8t H21-8
タキ 91949 全検18-3-30名古屋車(22-8-9切)、自重13.8t C
タキ 91939 全検20-7-25名古屋車(24-9-2切)、自重13.8t
タキ 91967 NK
タキ112162 N
タキ111955 金田 NK
タキ112171 N
タキ112175 N
タキ112173 N
タキ112454 全検20-10-8名古屋車、自重13.8t
タキ 81901
タキ 71991
タキ 71994
タキ111941 N

※C/E=TR41C/TR41E履き、N=日車製の側リブ付き、K=妻ヒサシ付き

 快速電車の運用は次の通りです。余談になりますが、『みえ』号の案内で鈴鹿駅の停車案内が盛んに聞こえてマスターの地元に近い多摩テックが今月一杯で閉園するニュースが盛んに伝えられ、こちらの鈴鹿サーキットと同じ会社で運営していた話を聞いた事があって驚いた事があります。編成の左手は亀山方です。

・クモハ213-5006×2+5001×2(海シンH6+H1編成):(2354M〜)2301M[四日市まで乗車]〜2302M〜2315M(〜1320M)
・クモハ313-3016×2(海シンB304編成):2305G
・クモハ313-3018×2(海シンB306編成):(1316M〜) 2303M〜2304G〜321G〜326G〜329G〜334G[四日市→名古屋で乗車]
・クモハ313-3023×2(海シンB311編成):2307G〜2308G
・クモハ313-3027×2(海シンB315編成):2309M〜2310M〜335G〜338G
・クモハ313-3028×2(海シンB316編成):(1311M〜)2300M〜2306G〜2311G[夕刊積載](〜2312M)

 続きはこちらです。

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H21.09.14 四日市周辺(その1)

 尾張・名古屋で迎えた朝。5時半にラジオのスイッチを入れて実際の起床は7時前。枕元のラジオは普段TBSラジオを聴いているのでここではCBCラジオに合わせてチューニング。『おはよう一直線』のスタート時刻に合わせてセットしたもので普段、自宅で聴く時と聴き比べるとニュースと交通情報の部分が違っている頃がすぐ分かります。空模様も晴天で気分爽快。

 この時期と言うと丹生川にある鉄道貨物博物館が開館した時期と重なり、早いもので明日で開館6周年。この時は前日から名古屋入りして初日が市内の探訪で今回と全くの逆で汐見町は全然ダメで昭和町は見る事が出来て終わってから神宮前の古本屋さんに立ち寄って熱田から笠寺駅へ行ってコンテナ列車の確認を楽しみ、翌日は近鉄の急行電車で近鉄富田まで乗ってそれから三岐鉄道の電車に乗り換え、丹生川で降りた所、丁度部会で顔馴染みの上尾のKさんと入れ替わりになった事があり、当日は丁度名古屋支部で三重県内に住まわれている会員さんのサークルに混じって楽しんだ事があります。世話役の長島(現在は桑名市の一部)に居られる元教員のIさんに随分可愛がれましたが、ここ暫くお身体の具合を崩されてお会い出来ないのが残念です。日車OBのKさん、雑誌でお馴染みだった豊橋のSさんと亡くなられましたが、W前支部長、K前事務局長と頑張って欲しいものです。

 7時50分頃まで部屋で過ごしてエレベーターホール前のテーブルに朝刊が置かれているのを見ると偶然、中日新聞の朝刊が置かれていたのでいつもはフロントにお願いして頂くのですが、今回は久し振りに直接ゲットしました。朝食は1階のカフェ『ジャンシアーヌ』でブレンドコーヒーに100円の追加料金でモーニングを頂きます。いつもは欲張るマスターも腹八分目でパンはバターロール1個にピタパン風の白いパン、ハム入りデニッシュ(いずれもハーフサイズ)、ゆで卵、バナナに海藻入りのコンソメスープ。新人さんなのでしょうか手先が覚束ないスーツ姿のウェイターさんの様子を伺い、朝刊を拡げながらの朝食も格別。傍にある大型の液晶テレビからは東京では日本テレビの局に当たる中京テレビが映し出されています。食後はすぐチェックアウト。10,000円でお釣りが来てお土産代も余裕で出て桜通口から先ずは自由通路の右手にあるグランドキオスクで昼食の駅弁を品定め。紀勢本線の全通50周年記念も手伝って期間限定の駅弁が並べられてJRCPは高校生が考案した『行楽弁当』、いつも老舗の松浦さんを頂くのですが、手軽な所で『こだま』弁当かわっぱ飯を選ぶ所、レトロな掛紙が掛かった駅弁が気になったのでこれを選び、『こだま』弁当より100円安い『復刻弁当』でランチもこれに決まり、Suicaで入場しお目当ての12・13番線へと歩を進めます。

 四日市へは9時3分発の快速・亀山行き(2301M、クモハ213-5006×2+5001
×2/海シンH6+H1編成)に乗ります。早々13番線で控えて213系の5000番代トップは嬉しいご対面。213系と言うと瀬戸大橋線の『マリンライナー』の先代ですが、東海では211系と同じ5000番代で室内を多少変えたタイプで主に関西本線の普通電車用に活躍しています。223系+四国5000系と変わった時に前者が5000番代と皮肉めいています。5000番代と言うと暫くはJR東海のナンバーの印象が強かったものの、マスターが時折乗る武蔵野線で山手線や総武線(各駅停車)から転入した205系が入ってVVVF制御のモーターに載せ変えてからモハの5000番代が登場して随分今では馴染みました。朝のラッシュ時が一段落して武豊線から区間快速で到着したキハ75の4両編成に313系の二次車と入庫や回送の準備と様子を楽しみながら隣が新幹線の14番線でN700系も結構やって来て反対側の列ながらもナンバーもハッキリ読み取れます。また、稲沢経由で衣浦臨海鉄道へ向かう1250列車(名古屋タ→半田埠頭)が通過してEF210-10+EF66 24[新更新色、PS22、冷風]+コキ50000+コキ104の編成で以前はコキ50000オンリーでしたがいつの間にかコキ104が復活して目立つコンテナではコキ50000に京葉臨海から来たJOTの20フィートバルク、UH20B、コキ104にはUT10C、UT11Cと積まれていました。

・783-18×16:のぞみ212号
・783-31×16:のぞみ110号
・783-30×16:のぞみ214号
・クモハ313-1603×3(海シンB153編成):306M→11番線に到着したクモハ313-1601×3の後に連結して神領へ

 9時を少し回って名古屋を出発。この間マスターは先代の携帯からAMラジオを聴き、ここでもCBCをチューニングして人気番組であるつボイノリオさんのワイド番組が丁度始まった所でいつも東京のラジオを聴くとせせこましいなと感じますが、オープニングからハイテンションで乗っています。乗り具合も2人掛けがほぼ埋まる格好で出発して新幹線の乗り換え客と言った感じのビジネス客も結構乗っています。4月に来た時に詳しく書こうと思いましたが、大騒ぎでそれどころではなく改めて経緯をまとめると亀山と言うと近年、液晶テレビの『アクオス』が製造されているシャープの工場がある事からビジネス面で注目しているのと四日市まで近鉄の競合区間を意識して快速列車の『みえ』号と2本立てで3月のダイヤ改正から運転開始しました。名古屋〜亀山の普通電車を四日市で分断し、名古屋〜四日市の快速区間(途中は桑名のみ停車)と四日市〜亀山の普通区間と合わせて設定されたものです。朝一番は213系と乗り得ですが、他は313系(3000番代)が多く、『みえ』号のキハ75に比べると快速でセミクロスは些か見劣りしますが、運用面を考えると仕方ないのでは?名古屋を出発すると車両区の脇で暫く普通電車の擦れ違いで待たされて八田では後で四日市で見るコンテナの2085列車が待避して月曜日なのでコンテナ車の両数は短めと一目瞭然。名古屋市内最後の春田では『みえ』2号に擦れ違い、田園風景豊かな沿線風景を快調に進み、輪中に入って三重県の県境あたりへ来ると鳥羽へ向かう近鉄の22000系(ACE)と並走して桑名に到着。ビジネス客を中心に1/3程が降りて後は普段着のお客さんを少々拾って出発。一大ジャンクションの後は四日市までもう少し。富田の構内を伺うと端っこに入場待ちのタキ1900が2両、東藤原から到着したセメントの5363列車がDD51牽引で出発待ち。富田浜を過ぎて降りる支度をすると名古屋方のロングシートは全くお客さんが座っておらず、歩いている車掌さんに思わずご挨拶して四日市駅は定刻の到着。

 四日市駅に着くと先ずは構内を色々と物色してコスモ石油の製油所はタキ40000、タキ43000等が止まって本線から見ると43205、43454番とオイルターミナル時代はマスターの地元でもある八王子常備のOB車とご対面。セメントの5363列車が到着するまでに周辺に止まっている貨車をあれこれ物色(左手は名古屋方です)。

・ホーム前:タキ43186(JOT/塩浜 全検21-3-20名古屋車[26-7-18切]、自重16.2t)+43450(JOT/根岸 全検17-7-2川崎車[22-9-4切]、トケ)+43311(JOT/郡山 全検21-1-28名古屋車、自重15.8t)+1000-221(JOT/郡山)
・四日市支区構内:タキ112164(全検20-11-29名古屋車[25-1-7切]・112464(全検21-2-24名古屋車[25-4-4切]・ホキ1000-9・1000-8[いずれも太平洋セメント/東藤原]
 他にもワム380038等ワム380000、タキ1000-144が入線していました。

 5363列車が到着してから暫く間が空いたので2番線に止まっている313系で用を足してから一旦改札を出て計算したら笠寺から名古屋へ戻る分が足りなくなるので1,000円をチャージ。例によって明細もプリントして石油のタンク車と縁がある駅ですのでマスター自身嬉しい面も。汗ばむ陽気なので途中で倒れない様に2番線の自販機で静岡茶のペットボトルを買います。

○2085列車…ダイヤ上では名古屋タから南四日市への通し運転ですが、名古屋タ発が到着すると直接コンテナホームへ入線してこれで終点かな?と思いきや、5362列車を見ている最中に19Dを満載したコキ104が入って南四日市行きの分が入りました。

名古屋タ→四日市
←DD51 857[更新赤]+コキ104-1634+414○(全検20-1-17小倉車[25-1-25切])+136+1843

四日市→南四日市
←DD51 857[更新赤]+コキ104-2578+772(全検20-10-28輪西派)+1463(全検21-4-21川崎車)+2238+2679(全検21-8-27広島車)+397(全検21-8-27広島車)+1724+2493○
※○=空車

○5282列車…タキ1000とタキ243000とほぼ半々の顔触れで結構、川崎車両所の出場標記も見られる様になりました。時刻表より10分早い到着で昨日の午後ではありませんが、早めに片付き(?)ました。
△稲沢(南松本)
DD51 825[更新赤]
タキ243679  JOT/郡山
タキ1000-299 JOT/郡山
タキ243661  JOT/郡山 全検21-7-17川崎車◎、自重15.8t
タキ1000-181 JOT/郡山
タキ1000-174 JOT/郡山
タキ1000-141 JOT/郡山
タキ243851  JOT/郡山 全検21-2-2川崎車、自重15.9t
タキ243882  JOT/郡山 全検20-1-23名古屋車、自重16.0t
タキ243864  JOT/郡山 全検20-12-5名古屋車、自重16.0t 石油類)黒地
タキ243859  JOT/郡山 全検20-4-25名古屋車(25-8-10切)、自重16.0t 無
タキ1000-345 JOT/塩浜 無
タキ1000-326 JOT/塩浜 無
タキ1000-690 JOT/根岸 無
タキ1000-349 JOT/郡山 全検19-2-28名古屋車、自重17.2t 無
※◎=タキ243661は側梁番号標記なし

 3本も列車が続いたのであれこれと見ながら11時を回る頃にベンチの1番線側に腰掛けて昼食。名古屋駅で買った『復刻弁当』を拡げてこの頃では使う機会が減った経木の折に入った幕の内弁当でご飯は黒ごまに梅干し、おかずは昆布の佃煮、煮豆(白インゲン)、おかずは幕の内に欠かせない3種類のおかずも添えられて紅カマボコ、卵焼き(『とりご飯』と同じ出し巻き風)、焼き魚(鯖)に牛肉のすき煮、ごぼうや椎茸、筍の煮物、締めはチキンカツ?かなと思ったら白身魚のフライで午後は失敗しないぞ!と誓いを込めて機運を上げる気持ちで頂きました。『こだま』と100円違いますがこれから定番商品になったら選択肢に迷い、昔『鉄道ジャーナル』で四国地方の鉄道を乗り歩いた取材で何処かの駅の駅弁で幕の内弁当が二種類あって値段の違い(こちらも100円の違い)で内容を比較した記事があったのを思い出します。この『復刻弁当』は800〜900円あたりが妥当点ですが随分勉強した様です。

 続きはこちらです。

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2009年4月30日 (木)

H21.04.27 四日市周辺(その2)

 富田で降りた際にデジカメを車内に置き忘れてしまい、駅員さんが居れば連絡したい所、窓口のカーテンが閉まっていたのでそのまま名古屋駅まで行った可能性があり、一度中断して次の普通電車で名古屋駅へ向かいます。

 名古屋駅で降りた所で真っ先にホームに駅員さんが居るだろうと思ったら、いても荷入れのキオスクの方や運転士さんくらいで様子が分からないので桜通口の改札口で尋ねて太閤口(新幹線の真下)にある遺失物窓口に顔を出して時間や場所と事細かに書き出し、後日発見の場合、宅配便で送る事もあるので念のために名刺も差し出して。再び改札に入って12・13番線で四日市から富田まで乗った編成が休んでいたので入った所で座った場所辺りを見ると全くの空振りでこの後は笠寺へ行くか、再び四日市へ行くか考えつつ最初は1・2番線(岡崎や豊橋方面行きのホーム)で軽く東海道線の下り電車や貨物列車を見て中央西線の下りは午前中、四日市で確認した5282列車が通過。四日市の駅まではあったので戻る事にして再び12・13番線へ足が赴き、14時05分発の快速で再び向かう事に。東京の感覚であれば何処かの駅に連絡して駅員さんから車掌さんへ無線連絡が行き渡るのですが、関西本線の名古屋口で有人駅は桑名や四日市くらいで列車も普通電車の大半と快速電車の一部がワンマン運転と遺失物取扱所の若い係員さんも詫びていた程で連絡が上手く伝わらない様です。

 名古屋14時05分発の亀山行き快速(2311G、クモハ313-3021×2/海シンB309編成)で四日市まで乗ります。ビジネスマンの乗りが多く、車内ではノートパソコンや携帯電話片手に忙しいものの、車内の通話はいかがなものかと思い出発。笹島の発着線では本来なら四日市駅で見ている筈の2080列車が停車中。コキ107-50やコキ200-83・73・30・60と連結。木曽川では南松本行きの5286列車にすれ違い。

○5380列車…四日市発のタキ43000だけ2両編成です。先頭が愛知機関区向けの軽油輸送でタキ35000から継承しています。
△稲沢
DD51 1802[更新赤]
タキ43110 JOT/根岸 稲沢(愛知区)行き
タキ43374 JOT/塩浜 全検16-6-16名古屋車(22-11-6切) 南松本行き

 東藤原からの5367列車を見てから一度、改札を入り直し、2番線側のベンチでノート整理を行いつつ最後はタキ1000を連ねた72列車です。

○72列車…タキ1000を連ねて17両編成と頑張っています。後半分は300番台が続き、塩浜常備の旧オイルターミナル所有車というのも一目瞭然。川崎車両所での全検出場車も見られました。
△稲沢(南松本)
DD51 891[更新赤]+DD51 896
タキ1000-181 JOT/郡山
タキ1000-139 JOT/郡山
タキ1000-143 JOT/郡山 [側梁番号入り]
タキ1000- 75 JOT/郡山 全検21-4-17川崎車、自重17.0t
タキ1000- 57 JOT/郡山 石油類)黒地
タキ1000- 92 JOT/郡山
タキ1000- 78 JOT/郡山
タキ1000-317 JOT/塩浜 全検19-9-11郡山車、自重17.4t 無
タキ1000-315 JOT/塩浜 無
タキ1000-340 JOT/塩浜 無
タキ1000-314 JOT/塩浜 全検19-9-14郡山車、自重17.0t 無
タキ1000-342 JOT/塩浜 無
タキ1000-339 JOT/塩浜 無
タキ1000-684 JOT/根岸 無
タキ1000-341 JOT/塩浜 全検19-10-12名古屋車、自重17.2t 無
タキ1000-327 JOT/塩浜 無
タキ1000-330 JOT/塩浜 無

 同じ頃に四日市港からの5366列車が入って今回の調査もこれにて終了。

 四日市から15時35分発の名古屋行き(334G、クモハ313-3014×2/海シンB302編成)に乗ります。2両目に乗ると乗務員さんが2人乗って桑名までの一般客はマスターだけで事実上貸切状態で出発し、この間に5366列車のノートを整理します。RadidenでCBCラジオに耳を傾けながら爽やかな陽気の沿線風景を楽しみながら戻ります。八田では213系の快速電車にすれ違い、名古屋の市内に近付くとだんだんお客さんが増えて笹島の構内ではタキ1000を連ねた77列車が一休み。到着は11番線。

 名古屋駅に戻って改札を出て再び太閤口の遺失物窓口へ行って尋ねると届いていないとの話で無事、発見する事を祈り退散し(後日談:結局見つからず、GW明けにSX200ISを早速購入)、携帯で自宅へ連絡。それから券売機でSuicaの履歴をプリントしてセントラルタワーズへ。先ずは14階のスターバックスでダブルベリーフラペチーノを頂き、丁度、窓際のカウンター席が空いていたので(結構余裕ありましたが………)ここへ腰掛けて電車が走る様子が手に取る様に見えてデジカメを忘れなければトレインビューにもってこい場所で期を改めて楽しむ事にして下のフロアへ降りて東急ハンズで名鉄パノラマカーのBトレ(一次車の白帯入り&七次車のノーマルを各1箱)買ってコインロッカーに預けたトートバッグを引き取り、KIOSKのギフトコーナーで青柳ういろうの一口サイズにきしめんパイ、宮きしめんと買って早めに待合室で一休み。行きの快速電車で予定表を忘れてしまったのでここではひたすらブログの整理をしながら過ごし、18時を回る頃には14・15番線へ。待つ間にレール輸送用のキヤ97やEF210が牽くコンテナ列車の通過を見て夕食の駅弁はいつもの様に名物の『とりご飯』を選びました。

 帰りは18時30分発の『のぞみ』40号でN700系(783-3006×16/幹ハカN6編成)の1号車に乗ると名古屋から乗っても客席がガラガラで前には出張帰りのビジネスマンが私の後をついてくる様に乗って来るも前の列に腰掛けて五月蝿いのには閉口しましたが、大事件があったものの今回の遠征もほぼ終わり、新横浜で降りると1号車の下車客は渡し含めて2〜3人程度と少なく景気が悪くなってきたのでは?と予感がしました。

 新横浜から20時12分発の八王子行き(2005K)に乗っていつもの様に長津田で座れ、乗った205系(クハ205-77×8/横クラH17編成)を見るといつの間にか武蔵野線の所属車の様にシートの両側にアクリルの風除け板が付けられて気付きました。乗っていると突然八王子みなみ野辺りで携帯電話がなって慌ててドアの前に移動して親からで八王子駅の南口で待ち合わせしているものの、再開発工事の真っただ中、駐車場所に苦労したようでロータリーから東側で待ち合わせしているとの事で降りると指定した待ち合わせ場所で合流して帰宅の段となりました。

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2009年4月28日 (火)

H21.04.27 四日市周辺(その1)

 尾張名古屋で朝を迎えて6時少し前に起きて四日市で調査する作戦会議を昨日の早寝で繰り下げてポケット時刻表、予定表片手に首っ引きしました。

 7時頃に1階へ降りてフロントで中日新聞を頂戴すると新人研修でしょうか若いフレッシュマンがキャスター付きのトランク片手に大挙押し寄せて季節を感じさせます。朝食は同じフロアのジャンシアーヌで頂き、ブレンドコーヒーと前はドリンク代だけでモーニングが頂けたのですが、昨年あたり小麦粉類の値上がりが相次いでこれが影響したのでしょうか100円別に取るようになり、名古屋の朝食も値上げには負けました。パンではピザのデニッシュが新しく加わり、焼きすぎてしまいカリカリの仕上がりに。他にコンソメスープ、ゆで卵、バナナと頂き、朝ドラ(この前まではCBCラジオをチューニング)を見てからチェックアウト。

 駅前の立地から用事がいっぺんに済み、先ずはコインロッカーにトートバッグを預け、グランドKIOSKでお昼の駅弁として『コーチンわっぱ』を買い、Suicaで入場。

 11番線に止まっていた9時3分発、亀山行き快速(クモハ213-5005×2+5013×2/海シンH5+H13編成)で四日市へ向かいます。前はキハ75の『みえ』号だけでしたが、新しく亀山行きの快速電車が設定されて1時間当たり快速、普通各2本と行き易くなってこれまでは四日市だけだった調査も富田へ行ける合間も割けるようになりました。213系の担当で八田では2085列車のコンテナ車が居るかなと思ったら機関車だけでガッカリ。蟹江で『みえ』2号にすれ違い、この影響で3分遅れて走るようになります。富田は5363列車のタキ1900が控えてコスモ製油所には手前の線にタキ43000が控えて根岸にいた筈の43311番が青塗りから黒塗りに化けて転がって四日市に到着。

 四日市で降りると構内の様子を色々と見て四日市支区には太平洋セメントタキ71990、ホキ1000-29・1000-30、JOTタキ243000×3、1000-685と入線。奥の方にはコキ104、タキ1000-177、タキ43342(全検21-2-13名古屋車、自重16,2t)が控えておりました。暫くすると2080列車(南四日市発の2082列車は運休)に乗せるコキ104が入り、名古屋方からコキ104-2733(この車のみコンテナ2個積載)+2576+476+692+64+586と連結。うっかりしたのか時刻表のコピーを車内に置き忘れてしまいましたが、時間は頭に入っているので後は大丈夫です。ここで一度改札を出ます。

○5282列車…いつもは黒塗りの44t車やタキ43000がそこそこ入りますが、44t車含めてオールツートン車の顔触れ。塩浜の配備車でも川崎の検査標記が入るようになり、名古屋から移管するのではとふと感じられます。
△稲沢(南松本)
DD51 1804[更新赤]
タキ1000-204 JOT/郡山
タキ1000-299 JOT/郡山
タキ243825  JOT/郡山
タキ243776  JOT/郡山 石油類)黒地
タキ243853  JOT/郡山 全検21-2-4川崎車、自重15.9t
タキ243847  JOT/郡山
タキ243720  JOT/郡山 無
タキ243718  JOT/郡山 無
タキ243826  JOT/郡山 無
タキ243879  JOT/郡山 全検20-10-31名古屋車、自重16.0t 無
タキ243777  JOT/郡山 無
タキ1000-689 JOT/根岸 無
タキ243753  JOT/郡山 無
タキ1000-328 JOT/塩浜 無青
タキ243835  JOT/郡山 無

 この後は2085列車がDD51 847の単機、10時50分頃にはコスモ製油所から引き出されたタンク車が次のように入ります。前5両は南松本行きで浜五井にいたナンバーも混じってマスターにとっては何処か懐かしい顔触れです。この間に待合室でランチタイムを済ませ、自販機からトーインの静岡茶ペットボトルを買い、入れ替えに来たベンダーさんを気遣いました。11時15分現在、四日市駅は気温14度、湿度30%。
←名古屋 タキ1000-178+184+325+218+245+43110+43374

 この後到着の5371列車も単機で到着となり、DD51 896[冷風]+DD51 891[更新赤、冷風]の重連です。

 四日市からSuica片手の本領発揮で11時35分発の名古屋行き(318G、クモハ313-3025×2/海シンB313編成)で富田へ向かいます。

 富田に着いて暫く経った頃にデジカメを車内に置き忘れていたことに気付き、本来であれば窓口に居る駅員さんに伝えたいところ、貨物列車の運転関係しか居ない様子でこのまま名古屋まで行ってしまい、どうやって告げようかパニックになりました。先程四日市で確認した5362列車が3713列車として出発して今度は3714列車から5365列車で送る分が入ります。この間にコンテナの2087列車が3番線に入ると月曜日も手伝ってコキ106、コキ50000ばかりの短い編成です。
←四日市 DD51 1028[更新赤]+コキ106-1076+286(全検19-6-7輪西派)+1147+510(全検20-5-11広島車)+151(全検19-9-8広島車)+52266+52779+52236

 他にもバス車庫脇に(←東藤原)タキ112460+71993+71996+112459と全検入場待ちの車が続き、三岐鉄道の本社に近い群線にはタキ81924、デキ200と転がっていました。

 予定ではここで四日市へ戻るところ、急遽、予定を変更して一本次(12時11分発)の名古屋行きに乗り、何らか手掛かりが得られるだろうと急遽向かった次第です。マスターにとっては取材上、必要な機材でドロンとしたら台無しというのも目に見えています。

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2008年11月 3日 (月)

H20.11.02 三岐鉄道沿線&四日市周辺

 丹生川にある鉄道貨物博物館でワ5490の修復作業が終わり、お披露目に合わせて部会のWさんがお話されるメールを頂き、3連休の一日、日帰りで出掛けて参りました。

 泊まり掛けで名古屋行きの通例通り(?)、西八王子を『成田エクスプレス』3号の送り込み回送が走る頃に出て乗る電車は大月発の始発(1450M)から乗り継ぎが多い5時45分発の各駅停車で八王子へ。

 八王子から新横浜までは5時53分発の東神奈川行き(514K、クハ205-70×8/横クラH10編成)に乗ります。6番線では100周年のヘッドマーク付き編成がお休み。
・クハ205-68×8(横クラH8編成/淵野辺で擦れ違い):25K運用
・クハ205-80×8(横クラH20編成/八王子6番線で滞泊):27K運用
・クハ205-81×8(横クラH21編成/橋本始発):43K運用

 1月に来た時は駅ビル工事の絡みで改装工事が行なわれた新横浜もリフォームが終わり、今までは跨線橋から一直線で新幹線の改札へ向かっていましたが、今度は左手(西側)に振り向けられて元の待合室辺りが駅弁の売店で位置も内側に移って前と違ってセルフサービス(以前、100系の2階建ての1階にあったカフェテリア車の様なスタイルです)ではなく、カウンターで注文しなくてはならないので少々手間取る様になりました。いつも通り『横濱チャーハン』を買い、ホームに上がってトーインのホットのブルーマウンテンを自販機で買い、余裕で3番線の『のぞみ』101号の到着を待つと5分前からゾロゾロとお客さんが並び、昨今の状況を反映してかLEDの案内表示にはカートに気を付ける様に促す表示も新幹線ならでは。以前に比べるとボストンバッグ片手のお客さんよりもオバチャン層や若者がこう言った感じのお客さんが多い様です。楽と言っては楽ですが、老若問わず軟弱な者が増えた現れでしょうか。

 新横浜から『のぞみ』101号(323-50×16/J51編成)で名古屋まで乗ります。自由席ながら窓際を所望したかった所、3月のダイヤ改正から品川、新横浜と連続停車となった影響かゲット出来ず、2人掛けの通路側・D席に腰掛けます。相模川を渡るまで朝食に舌鼓を打ち、一休みしたい所が意外と往来するお客さんが多い事。席を探すものも時折見掛ける様で『のぞみ』の自由席車は新大阪・博多方3両と少な過ぎやしないかと感じつつも連休の臨時スジでも余裕があると思ったら通常の定期スジと何ら変わらない気がします。それ故かマナーについて注意するアナウンスも入りました。静岡県に入ると富士山の黒々した雄姿を目の当たりにして静岡貨物のコンテナホームはマルーンの19系に混じってリコーのU19AやJOTのUT4F、岳南地域の紙輸送で使われるワム80000も青い380000番代の方が目立つかなと言った様子を見て掛川辺りで擦れ違う211系を見ながら西浜松の構内に目を向けるとエコライナ−31や日通、徳山通運のUM12A-5000、全国通運のU20A、自動車部品用の20系コンテナ(嵩高12フィート)と置かれてコキ104が多数待機中。幸田の待避線(上り方面)にはキヤ97のロングレール用が止まって長物車で言うとチキ5500あたりの置換だなと一目瞭然で貨車の役割を受け継いだ所で電車が『スーパーレールカーゴ』のM250系、気動車ではこのキヤ97が知られる存在です。笠寺の構内はいつも八王子駅では午前10時半頃お目に掛かるEF210の100番代が2両待機してホーム側には裸になったコキ71が4両、ワム380000が1両置かれてあおなみ線の沿線から移動したものだなと分かります。

 名古屋から近鉄に乗り換えて9時1分発の伊勢中川行き急行(←5158×4+1243×2)に乗ります。5200系のクロスシートに腰掛け、今日は大学駅伝が名古屋から伊勢神宮まで行なわれるので車内の乗りもますます。暫くするとどこかへ遊びに行くオバちゃんが隣に座って来たので桑名までは相席になりました。お天気も良いので車窓の風景を楽しみながら近鉄富田まで乗車。

 近鉄富田から三岐鉄道の電車に乗り換えると踏切を渡って向こうの駅舎は改築工事で使えない為に近鉄の駅舎内を間借りする格好で小屋が建てられて今回は初めて1,000円で全線乗り放題きっぷを買いました。丹生川までは9時40分発の西藤原行き(保々まで805×3→保々から103×2)に乗ります。博物館は10時オープンで向かうファンも多い様子で今日は多いなと実感。三岐鉄道と言うと最近、西武鉄道から新101系が譲渡されて入っている筈ですが、今日は保々の検査庫でお休み。構内にも部品取り用と思われるモハを帰りに発見し、丁度日本シリーズの最中と重なり、ここで元西武の電車に乗れるもの何かのご縁です。

 鉄道貨物博物館の訪問はおよそ3年振り。館内では久し振りに師匠に当たるプロフェッサー氏にお会いする事が出来ていつの間にか裸眼になってどうしたのかな?と言った面持ちで他にも部会OBのU氏やK氏、現在は郵送でも継続されるY氏(現在、私がやっている事を凡そ10年程前やっておりました)、名古屋エリアのファンであるM氏やY氏とも久し振りにお会いして余り邪魔しない範囲で見学を楽しみ、暫く来ない間に貨物倉庫脇の顔触れも変わり、そこで並んでいた様な車が奥へ引っ込んだ様子が見られました。

貨物倉庫脇)←39+蒲原ワ11+名鉄ト246+ワフ21100
奥の並び)←近鉄富田 JOTタム2920+テラ146+ホサ1+東北東ソータム6263+日本AEシキ160+DB-101

 補修線に入る辺りで今回お披露目となるワ5490が鎮座ましましてマスターも原稿用にモードを変えて何枚か撮影。3年前に訪れたときはまだボロボロの状況でこれが幸い撮影していたので来月の原稿用に使おうと思い立ちました。暫く倉庫内を見学してから11時からテープカット、11時15分からW氏の講演が始まり、マスターも前方の席を確保するも急遽、説明用の資料の配布係を命じられて足りるかなと気にしつつも前半は品切れ、午後もお話されるとの事なのでこの前に頂きました。プロジェクターを使って昭和30年代までの有蓋車を使った貨物の荷姿について色々と解説を30分程行ない、今度は貨物を積む実演が行なわれ、日通の係員2名、駅員さん1名で最後に車票を差し込んだ所でお昼となり、こちらは名古屋駅で仕入れた『海鮮わっぱ』と館内にある明治ブリックの緑茶で講演用の席をお借りして頂きまして、合間に通過する貨物列車の編成を見て気になったのがタキ1900の台車で後で富田や四日市で見ますので詳しくはこの後を。13時を回ると今度は反対に卸す実演が行なわれ、リンゴ箱と麻袋の他に入口に置かれていた柿が入った箱が車内に忍び込み、目の前の皆さんへプレゼント。私の方はここで一段落して14時を回ってからW氏、プロフェッサー氏と挨拶して、思わぬお手伝いをしましたが久々の鉄道貨物博物館見学もここで終了。

 乗り放題切符のメリットを活かして、丹生川から14時17分発の西藤原行きで東藤原へ向かい、保々まで乗った805×3の編成と再びご対面。伊勢治田で擦れ違いを行なうとヤードにはホキ10000の保留車が多く、いずれもチチブセメントのマーク、社名板を塗り潰した状態でホキ10137、10133、10137、10141、10152、10135、10246、10105、(ホーム前から西藤原方から)10141、10182、10146、10173、1005*、1015*、10016、10149、10099、10029に太平洋セメントの社名板に交換した車が2〜3両、東武のED5069か5070のどちらかが入り、気付くと車内は貸切状態で東藤原に到着。

 東藤原では乗った電車が14時46分発で来るのでそれまで駅の回りを見て2番線には(←西藤原)ED457+ED451と停車中。太平洋セメントの社名板に交換した貨車も多く、駅の西藤原方からタキ112171+111953、ホキ1000-31+1000-22、その奥にホキ10123+10121+10088(10058?)、更に遠目でタキ112463+111942+112159、その隣にデキ202と入線。一度改札口を出て駅前のホキ25767を見学。3年前に来た際に駅員さんから「乗られますか?」と薦められて当日は雨降りで足元が悪く滑って怪我する恐れがあって遠慮した事が有ります。再びパンチを入れてそのまま近鉄富田へと戻り、童謡の歌詞では有りませんが、柿の実が見事になった里の秋の風景を車窓越しから堪能しました。

 近鉄富田ではアーバンライナーの通過を見て三岐鉄道の改札口から出場し、丹生川の年輩の駅員さんから薦められた各駅のパンチ入れは遠慮してそのままJRの富田駅へ向かい、5年近く来なかったのか多少迷いつつも独特な屋根の駅舎が目印。切符は買わず、3月から東日本のSuicaと東海のTOICAが共通利用(厳密には熱海〜函南間は区間外)出来る様になり、手持ちのSuicaでそのまま入場。富田駅は簡易リーダーが付いて近場の八高線や青梅・五日市線、相模線の比較的利用客が少ない駅と似た感じです。

 富田駅の構内には桑名方にタキ112164N+112169N、旧三岐ホーム前にはタキ81908+111948N(全検20-5-21名古屋車、自重14.5t)+112459+112456+112468にタキ1900が2両、海側の群線には検査切れのタキ81925*+91943*と律儀に社名板を交換したものの、台車はオリジナルのTR41Cのまま。デキ203も留置しております。(編成の左手は名古屋方です)

 四日市周辺では顔でもある太平洋セメント(旧・小野田セメント)のピストン輸送が動いていたので博物館の見学中や富田、四日市の各駅と見る事が出来ました。目立った所では社紋板、マーク板が交換されて大きな一枚板が一際目立ち、足元も長年見慣れた平軸のTR41Cからコロ軸のTR225に履き替えられ(112400番台の車は除く)、これまでと違ったイメージもあって調査、撮影と力が入りました。

○三岐3718〜6369列車…午前中、5362〜3713列車で返送したものが再び山を下りて現れ、一日の内に2往復こなす事で驚きました。後で四日市駅で6369列車が到着すると1番線の入線でまた吃驚。
△四日市
三岐ED451+ED457→DD51 891[更新赤]
タキ112471 全検17-12-16金沢総(22-2-14切)、自重13.2t
タキ91941 全検20-7-12名古屋車、自重13.7t
タキ112469
タキ71991 全検20-7-22名古屋車、自重13.8t
タキ71986 全検20-9-3名古屋車、自重13.8t
タキ91959 全検19-2-21名古屋車(23-4-25切)、自重13.7t NK
タキ112173 全検19-1-24名古屋車(23-3-28切)、自重13.9t N
タキ71988 全検20-9-12名古屋車、自重13.8t
タキ81916 全検20-8-27名古屋車、自重13.8t
タキ112460
タキ111944 全検20-4-29名古屋車(24-5-29切)、自重13.8t N
タキ81905 全検19-2-15名古屋車(23-4-19切)、自重13.8t
タキ112158 N
タキ81911 全検19-4-21名古屋車(23-5-24切)、自重13.8t
タキ81920 全検19-12-14名古屋車(24-1-16切)、自重13.8t
タキ112455
ED45 4+ED45 8(三岐3713列車)

○5366〜三岐3717列車
△東藤原
DD51 891[更新赤]→三岐ED457+ED451
タキ81918 全検20-2-26名古屋車、自重13.8t
タキ81923 全検20-6-20名古屋車、自重13.8t
タキ112464
タキ81909
タキ81900
タキ112170 N
タキ91964 NK◇
タキ111949 N◇
タキ112157 金田 N◇
タキ112156 全検19-11-22名古屋車(23-12-25切)、自重13.9t N
タキ71987
タキ81907 全検19-11-16名古屋車(23-12-19切)、自重13.8t
タキ112470
タキ112453
タキ81922 全検19-10-24名古屋車(23-11-26切)、自重13.8t
タキ81902 全検19-1-27名古屋車(23-3-31切)、自重13.8t

○6368列車(四日市駅にて調査)…こちらも丹生川で確認した3716〜5367列車の返送です。
△富田(東藤原)
DD51 891[更新赤]
タキ81921
タキ111945 N
タキ81912
タキ112452
タキ81910 *
タキ91947 *
タキ71990
タキ111955 金田 NK
タキ112175 N
タキ81914
タキ91944 *
タキ112457
タキ91949 *
タキ81913
タキ111941 N
タキ112451

・他にも三里駅で3715列車(関西線の5364列車)に擦れ違いました。
←ED45 4+ED45 8+タキ81917*+91945*+112474+71995+?+?+112162N+112172N+
112154N+112160N+81919+112465+112473+81906+91967N+81901
※全車太平洋セメント/東藤原(常備駅の特記以外)、N=日車製、K=妻ヒサシ付き、*=台車TR41Cのまま

 富田から電車を待つものの16時台の前半は全く来ず、16時34分発(遅れて40分発)の亀山行き(4329M、クモハ213-5010+5004/海シンH10+H4編成)まで待ちました。313系の担当が多いものの、最近では珍しい213系の担当でJR東海の車両はこの関西線がメインですが、元祖であるJR西日本車は瀬戸大橋を渡る『マリンライナー』の初代担当車として有名で西日本223系(5000番代)+四国5000系の陣容に変わってから岡山ローカルの近郊電車に転身して活躍しています。

 四日市駅に来たものの、オイルのタンク車は見られるだろうと期待したものの、ホーム前は3両、群線内はタキ1000が1両だけと予想に反して少ない様子です。到着前にコスモ製油所に止まっていた顔触れを見るとタキ43000が何時の間に塩浜から移動したナンバーが目立ちます。
コスモ製油所構内:タキ40107、40122、40077、40045、44515、43583、43543、43546、43548、43528など
ホーム前:(←名古屋)タキ44508+44509(全検19-5-26名古屋車、自重16.1t)+43461
群線内:タキ1000-678、コキ104-371+106-1029+104-2635など

○2084列車…出発の20分程前に到着してホーム伝いにザッと確認しました。途中で1番線に6369列車が到着。コンテナ車はコキ106メインや4両ユニット車が入っている事から2087列車の対と言うのも分かります。
△名古屋(名古屋タ)
DD51 822
コキ106-959
コキ106-641
コキ103-215 (空車)
コキ102-535 (空車)
コキ102-536 (空車)
コキ103-216 JOT UR20A-10018,20D-161,189,(19D),JOT UR20A-53
コキ106- 42 全検19-5-15川崎車(グレー塗替) MCLC筑波UH17A-5076,20B-73,MCLC筑波UH20A-5067
コキ106-524 20D-139,115(3個目欠),58,86
コキ51342
コキ52157 MCLC筑波UH17A-5058,NRSU381052[7](アセトン専用)
コキ106- 209 全検20-1-22名古屋車(グレー塗替) JOTU671408[0]
コキ106-1154 NRSU371334[3](酢酸ブチルF専用)
コキ106- 983 MCLC筑波UH17A-5070,5079,5045
コキ106- 494 全検17-5-24広島車(22-6-2切*) JOTU671225[6]
コキ106- 219 全検20-6-6川崎車(グレー塗替) JOTU671228[2]
※JOTのISOタンクコンテナはいずれもラテックス専用、*コキ106-494の休車:東新潟区H20-8/9日

 この後は一度改札を出て再度Suicaで入場し、17時を回ってすっかり暗くなったのでタンク車の撮影は断念。もう少し早く来れば良かったかなと反省。このまま名古屋行きの電車を待つと先に四日市港から5366列車が到着。慌ててメモして17時18分発の名古屋行き(4340M、クモハ313-3022×2/海ナタB310編成)に乗り、関西線は遅れが日常茶飯事ですが、珍しく名古屋まで定刻で進み、蟹江では313系擦れ違い、こちらは転換クロスの3両編成でLED幕になっていたので1600番代と世代交替が進んだ影響でしょうかボックスシート車が少々気の毒な気がして名古屋駅到着。

 名古屋駅は桜通口(北側)の改札を出て中央口へ。券売機で手持ちのSuicaで履歴をプリントしてギフトガーデンで宮きしめんと納屋橋まんじゅうを買い、今までは元祖を買っていましたが、暖簾分けに当たる万松庵のものを初めて買って銀色に太い明朝体で漢字が書かれた包み紙が印象的です。殆どお酒を呑まないマスターにとってはこの納屋橋まんじゅうを買うのが一つの楽しみで帰ってから開封すると5個ずつが真空パックになって、マスター地元の銘菓『葵千人』に似た包み方です。ホームページで確認すると現在のご主人はなかなかの勉強家との事。新幹線の改札を北側から入って14・15番線の駅弁の売店でいつも通り『とりご飯』を買って『のぞみ』の到着を待ちます。

 名古屋から新横浜は臨時ダイヤの『のぞみ』186号(323-38×16/J39編成)に乗ります。最後尾の1号車に乗ったのは行きに感じた席探しの客対策で本来なら車掌さんが回ってくれれば安心しますが、乗車中に感じたのは回ってもテロ対策の車内点検程度とお客さんよりも安全に目が行きがちです。幸い、2人掛けの席が座れて例によって『とりご飯』に舌鼓を打って名古屋駅からゆっくり走り出し、色々な鶏料理のおかずも出来が◎。豊橋を過ぎてから小田原の先までは一休み。新横浜で降りると後続はN700系(783-22×16)の『のぞみ』40号と博多発の定期スジは混んでいる事が多い事もあるのでどの程度入れ替わるか読めないのでやむなく新大阪発の旧型(失礼)を使った臨時スジになってしまいます。

 新横浜から20時23分発の横浜線(2069K、クハ205-73×8/横クラH13編成)に乗って八王子へ。大型店の閉店時刻の関係でしょうか結構混んで中山から町田で座れるなと勘付くも今回は十日市場で座れて支社が横浜から八王子のエリアに入るとすっかり空いて来ます。

 続きはこちらです。

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