コキ71

2009年9月15日 (火)

H21.09.14 笠寺駅〜帰路

 今回の大きな目的だった四日市取材のリベンジも無事達成。4月に出掛けた時にキャンセルした笠寺行きの目的と言うのは笠寺駅の構内にコキ71が留置している話を聞いたので様子を見たいと言う事で帰りの新幹線までの合間を見てちょこっと見て参ります。鉄道友の会で昨日、小田急MSEのブルーリボン賞の授賞式が行なわれましたが、コキ71は13年前に貨車で初めてローレル賞を受賞した輝かしい(?)歴史を持っております。

 名古屋から16時28分発の豊橋行き(192F、クモハ313-2×4/海カキY2編成)に乗り、時間が無かったのか乗ったのはドアの脇で外側が固定されている所に腰掛け、313系同士の乗り換えですがこのパターンは松本行きで中央西線の普通電車と『みすず』の乗り換えと似ています。名古屋を出ると丁度名鉄のバスターミナルから新宿行きの京王バスが走っているのが見えて運用からすると到着は昨日、新宿を出た夜行かな?と勘繰ります。尾頭橋で東藤原へ行くホキ1000に擦れ違い、金山で向かいの男性が降りたので移るとさすがに総合駅の威力が発揮して早速埋まり、熱田は1番線に札幌タ→名古屋タの5097列車が停車して117系の昼寝も下り線側に2本、上り線側に1本が止まってこちらの浜松方にはクハ117-25×4(海カキS11編成)が連結されてこの秋に閉館する中部天竜にある佐久間レールパークの閉館記念に塗替えられた編成で6年前の本部総会で京都で見た時以来のクリーム+茶帯の出で立ちで帰りの電車も右手に陣取ろうと思い、笠寺に到着。

 笠寺でコキ71を見ようと思ってやって来たものの、今までは新幹線のすぐ隣に当たる1番線に入っていたのが何故か2番線の到着。4番線からコキ71を見ようと思ったらホームがまっ二つにちょん切られて絶句なり。どうやら、バリアフリーの工事が行なわれて1番線は通過線、2番線に上り電車や待避、3番線は上下の待避、4番線は名古屋方にホームを伸ばした格好です。仕方なく3番線から4番線の柵で遮られて構図が今一つですが何とか見る事が出来ました。

←名古屋
ワム380098+コキ71-1+2(全検20-1-23名古屋車)+3+4(全検19-6-13名古屋車) ※UM20Aはマルーンの一次型がメイン(新潟タ向け)
ワム380083+コキ71-5+6 ※UM20Aはブルーの二次形(米子向け)

 コキ71と言うと外側のカバーが印象的でしたが、裸のままで置かれて今後どうなるか気になります。また『トヨタ・ロングパスエクスプレス』牽引でマスター馴染みの新鶴見のEF210も昼寝しているのを見ると155号機が居ました(。また、2番線に突如到着したEF210牽引のコンテナ列車は福岡タ→宇都宮タの1076列車で吹田の154号機牽引。コキ104・106の22両編成、日曜日の集荷で空車が目立ち、見える範囲でコキ104の1280番以前のナンバーをメモ。一通り見た後は跨線橋を登った所で辛うじてコキ71の1番が撮れてそれから改札を出て4番線へ。

 笠寺から名古屋は17時15分発の岐阜行き(199F、クモハ311-10×4/海カキG10編成)に乗ります。整列位置にちゃんと並んでいたにも拘らず、割り込む仕事帰りのおっさん達に閉口するも豊橋方の端っこの席に座れ、熱田の117系を狙おうと思ったら『しらさぎ』の683系が一休み。思わぬツーショットが撮れて1番線にまたコンテナの列車が停車して先頭にコキ200、続いてコキ104、空車のコキ各種と昨年3月から3363列車の輸送ルートを継承した951列車だなと思ったら大当たり。コキ200は日本触媒のタキ14700が使われた千鳥町〜名古屋南貨物の液化酸化エチレン輸送、コキ104+19Dは鵜殿の紙輸送の返送でこちらも昨年3月から亀山経由から伊勢鉄道経由に変更したものです。今回の名古屋行きもここまで来ると大方フィニッシュ。

 名古屋駅に着くと桜通口の改札から出て自由通路の券売機でSuicaの履歴をプリントしてコインロッカーからトートバッグを引き取り、いつもの様にギフトステーションでお土産のお菓子を物色してういろうの一口サイズ(『青柳ういろう』の『ひとくち』、10個入り)ときしめんパイ一袋を買います。早めに新幹線の改札に入って北側の待合室で一休み。シグマリオンが不具合だったので太平洋セメントのリストを見直す程度で14・15番線に昇ると駅弁は『とりご飯』を頂き、自販機でお昼の駅弁を食べた時に静岡茶が美味しかったので夕食も引き続き頂いて自宅へ携帯の報告。コンテナの列車ではEF66牽引の名古屋タ行き、EF210牽引も下りの隅田川→北九州タ、上りの鹿児島タ→東京タの列車と通過するのを見てお目当てはN700系の『のぞみ』40号でこの間みたいにあまりお客さんが居ないかなと先頭の先っちょに並ぶと前の『ひかり』かどうか分からない若造リーマンはどうやら反応が鈍い様で前の方(東京方)では携帯で話しっぱなしのエラソ〜なリーマンと客質が悪く2号車へ並び直し、どいつもこいつも社会人としての節度に掛ける連中ばかりで参りました。

 怒りはさておき、帰りは『のぞみ』40号(783-3007×16/N7編成)に乗り、この列車は番号を見ての通り西日本の所属車(博多総合車両所[幹ハカ]所属)が担当です。ドッと乗って来る事も無く2人掛けも余裕で座れて早速『とりご飯』に舌鼓を打ち、いつもながらキメ細かいそぼろに脱帽(このブログも出来るだけキメ細かく書いております)。三河安城から豊橋へ向かう所で平らげるとキップやテーブルのプリントと撮って後はホテルアソシアで頂いた中日新聞を読んで静岡県内はほぼ居眠りしながら過ごしましたが、小田原のホームに近付くと新横浜まで近くなるのでもうここで降りる支度で新横浜は1番線(大ボケしましたが………)の到着です。

 新横浜から一本横浜線を見送って20時13分発の八王子行きにのってあと一息。番号がモハ205のキリ番で200番。昼間もタキ1000の200番を見たので降りる時に撮るかなと思い、いつもは中山〜町田くらいで座れるなと思ったら早々鴨居で座れてさすがに新幹線で熟睡したのか相模原ですっかり目覚めて八王子みなみ野に差し掛かる所で携帯が鳴って慌ててドアの前へ行き、21時を回る頃に八王子到着。南口は城壁の如く壁の覆いが高く、待ち合わせの場所が少し変わった話を頂いたので遠回りしてマイカーと合流し、デジカメも無事手元に携えて今回の遠征も無事終わりました。

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