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2020年1月18日 (土)

R02.01.18 東京支部新年会(千葉周辺&小湊鉄道、その1)

 八王子から8時07分発の中央特快(河口湖発ですが、大月から連結した6連に乗りました)で御茶ノ水まで乗ります。普段であれば大月〜相模湖から通って来られる皆さんが八王子で降りて入れ替わると思いましたが、いざ車内に入ると7人掛けのシートの両側がほぼ埋まった状態で何でも小仏トンネルの向こうから来たと思しきベトナム人か日本人か分からないと言った小学生ばかりの東京駅で『つばさ』に乗り換えて山形へ向かう一団で私からすると引率している女性が40歳前後の茶髪でチャラそうな中身が無さそうな女で「もっと中央線(快速電車)の状況を判断して移動手段を考えろ!」と思いましたが、下り線と反対側に腰掛けた故に豊田で8097列車の単機(後で昨日の列車でも確認したEH200-16と判明)がかろうじて見られた状況で今日は大学入試のセンター試験当日でもあり、土曜日は平日よりは通勤・通学客が減るものの、今もまた東京都心の一極集中傾向が続く事を思うと30年前と変わっていないじゃないか!と感じることもございます。

 御茶ノ水では若干遅れて到着した津田沼行きの緩行電車(クハE231-552×10/八ミツA552編成[03C運用])で錦糸町へ向かいます。ちょうど、メトロ丸ノ内線を神田川の鉄橋を渡って池袋へ向かう真っ赤な新鋭2000系電車の姿を見てこちらは山手線から転属した編成に徐々にチェンジしている総武線の緩行電車に乗りまして当たったサハの600番代は6ドア車と入れ替わりに差し込まれた1両でもう1両同時に新製した4600番代は山手線に残留してE235系に組み込まれた例は有名な話でここ1年ほどE235系新製→E231-500八ミツ転属→209-500&E231-0千ケヨ転属(武蔵野線)→205系廃車と毎月『鉄道ファン』の最新号が出る度にこの動きを追っておりましたが、12月で50本全部出揃い、来月で一件落着と言った所です。秋葉原から隅田川を過ぎ、両国は丁度大相撲初場所の会期中でカラフルな幟に彩られた国技館の前も車窓から見え、窓を開けると触れ太鼓の音色が耳に入りますが、こう寒いとダメですね。眼下からこの所イベントスペースでビアホームが行われる3番線を見ると今日は何もやっていない様子で次の錦糸町で乗り換えです。

 錦糸町で快速電車に乗り換え、スカイツリーの視界度はやや霞む形でホームの自販機でWANDAのアルミボトルに入ったモーニングプレミアム微糖を買います。E217系が休む姿を見るとこちらもそろそろE235系の近郊型(と言っても普通車は全てロングシートです)に置き換えられるのでここで昼寝する姿や『成田エクスプレス』のE259系と合わせて収める様子も後ちょっとしたら騒々しくなるのでは?と気にしつつスケジュール帳では成田空港行きに乗るつもりが一本早い千葉止まりに乗れる事が分かりました。

 錦糸町から9時18分発の千葉行き(871F、←クハE217-37×11+2044×4/横クラY-37+Y-144編成)で千葉へ向かいます。千葉周辺と言うとこの時期は成田山へお参り、春の訪れが早い房総半島の南側へお出掛けの印象が強いですが、途中も船橋、津田沼(先着の乗り換え含む)と入れ替わりがあったものの、終始埋まった印象で進み、途中は亀戸で東武8000系(復刻カラーが見られるかな?と思ったら白地+青帯でした)、荒川と中川の鉄橋を渡ると最初の新小岩は少し前に人身事故が相次いだ事から設置されたホームドアと枕木方向のベンチは品川やこの千葉管内の一部の駅でも見られるタイプでこの間出掛けた京王線のめじろ台もこの様に置かれて安全面を重視した印象が感じ取れます。少し進んで新小岩操のヤードは奥に一列ホキ800が並んだ姿が相変わらず、他に控えた貨車を見ると1091列車に乗せる交番検査出場のコキ104・107が1両ずつ(5971列車から継送)、越中島貨物のチキ5200の空車と止まって貨車の顔触れを見るとJR貨物の車よりも不思議とJR東日本の貨車が多かったですね。江戸川を越えて市川、西船橋(メトロ05系の後期車が到着する所でした)、西船橋は東武60000系と見て津田沼で纏まった乗り換え客が乗ると次のポイントは幕張の車両センターで113系の頃はスカ色の電車が芋を洗うように止まっていた構内も209系やE257系(500番代)が転々と止まっていた他は津田沼寄りに2〜3本E217系が休む姿も。昔であればここの所属車もいましたが、現在は鎌倉で一手に受けて関係でどうしても表現がこうなってしまい、因みにマスターが乗っているこの編成も幕張出身の編成で『横クラ』の標記を見ると時々チャッカリ乗る横浜線のE233系と同じネグラですね。黒砂の信号所では総武成田ホームへの線をオーバークロスして内房線の3・4番線に到着します。

 千葉駅も5年余りご無沙汰している間に駅ビルの『ペリエ』の改築に合わせてコンコースも上に上がり、モノレールの乗り換えには幾分楽になった様子ながら外へ出るのには大変な印象になるもお店が多くなったのは驚きました。名称こそ駅ビルの名前でも雰囲気が『エキュート』を彷彿させる様子も感じ取れ、遠征で来る時は編成ウオッチも良いですが、お店めぐりも面白そうで駅弁の売店も以前であれば各ホームに『万葉軒』の赤い看板に勘亭流のロゴが印象的でしたが、新宿駅の『駅弁屋・頂』をミニサイズにした店構えで以前からある千葉駅の駅弁の他にもNRE商品、『駅弁秋の陣』エントリーのものも並べられ、ロングセラーの『やきはま弁当』、『菜の花弁当』、『トンかつ弁当』も勿論、選んだのは簡単に済ませたい所で『千葉寿司街道・秋刀魚』を選び、Suica払いですが、『ペリエ』はJREポイントカードの対象店なのでこちらのセレオ発行のものも大丈夫でした。因みに千葉駅の駅弁屋さんというと元々『万葉軒』で営んでいたものを数年前から浦安に本社を置く『リエイ』と言う寮や老人ホームを運営する会社に移行して同社の一部門として生まれ変わり、時代のせいでしょうか長年、一つのジャンルで地道に経営して来た会社が2000年代に入ると他業種の資本参加や業務提携とスタイルが変わって来たなと感じ取れます。フロアガイドも勿論手に取り、デジタルサイネージやフルカラーのLCD案内表示が所々見られて未来の駅ナカを実感し、意外にも壁に貼られた時刻表が見られません。

 再び3・4番線に戻って10時15分発の君津行き(147M、←クハ209-2143×4+2110×6/千マリC419+C610編成)で蘇我まで乗ります。15分前に入線し、少し時間があったので前4両は4両目のナンバーだけチェックしてから再び8両目に戻り、客も疎らな中、8178列車と8681列車を見られるのでこの間にiPod touchのメモアプリで準備します。

 そぼ降る雨の千葉駅を出発すると右手の高架線に目が行くのが恒例で京成千葉駅では丁度新京成の8800系が止まって以前はベージュ+マルーンのシックなカラーリングでしたが、更新工事に合わせて明度がとてつもなく明るいホワイト+ビビッドなピンクの新しい塗色はインパクト強く京成の電車は何処へやらと言った雰囲気ですが………。終点はこの奥のちはら台ですが、今日は小湊鉄道に乗るので五井から二つ先の海士有木が当初の終点と言われています。本千葉は209系の10両編成同士のすれ違いを行い、運賃面では近郊電車のエリアですが入る電車を見ると通勤電車の区間さながらの様相で大昔は72系が走っていたことを思うと”歴史は繰り返される”そのもので京葉線の高架橋が車窓から見えて来ると蘇我で降りる支度をして5番線の到着です。

 蘇我に来たのは5年半振り。電車から降りると先ずは安房鴨川方に進み、8178列車の様子をチェック。配電設備で遮られる所もありますが、先ずはリングノートに位置関係を確かめつつナンバーを書き出し、さすがに1番線からでは見辛く、『のんびりホリデーSuicaパス』片手の利点を活かして一度改札を出てブリッジは流石に小雨に打たれてフラット双眼鏡も視界今一つ。編成内容を一通り把握すると再びゲートイン。改札口の左手(海側)はいつの間にか立ち喰いそばからパン屋さんの『リトルマーメイド』に衣替えしてショーウィンドーから見える電車の箱も面白くそう言えば駅弁大会で新幹線の絵が入った箱に詰めてくれるパン屋さんが八王子のセレオに来ましたね。後ろの方はツートンカラー車が続いて最後尾は仙台北港のタキ1000で東日本大震災の被災後1年半は根岸からの振替出荷が続いて翌秋には復旧した際に移動した1両でこのあとでJOTの郡山常備車が一斉に常備変更が行われ、こちらは思った通り仙台北港常備で移動車は全車把握しておりませんが、手持ちのデータでH25〜26年頃の根岸駅の配備車リストで現車確認の形跡が無いナンバーは大方移ったものと見ていますが、こちらも現地を訪れておらず近々訪れたいものでデータ不足しております。8178列車の編成を見るとタキ43000・44000いずれも初期車ばかりでタキ1000(4両目)タキ243000の間がボヤけてしまい、5番線へ再び赴く始末でこの中で8681列車到着し、あ〜しんど。改めて1番線の端っこから奥の手としてデジカメのズームレンズを延ばしてこの辺りを再び見直して一件落着。来ない間に同じキヤノンの高倍率のコンパクト型ながらMAX20倍からMAX40倍と不意に改札の出入りは怪しまれる事もあり、いやはや、思わぬ形で威力が発揮しました。

○8178列車…京葉臨海〜郡山のOT列車というとタキ1000の1071〜1070列車が中心ですが、サブである臨時列車の8179〜8178列車も存在し、この辺りは久しぶりと言った所で昨夕郡山を出発して今朝蘇我に着くものの、5時間の大休止(この前に大宮操で日付跨ぎで5時間程止まります)の後は千葉貨物、浜五井へ赴く列車で総計17時間の鈍行と1070列車の3倍あまり。編成は9両程でタキ43000・44000(マスターにとっては久し振りです!)の初期車が多く、丁度10年前の夏に朝ドラで『ゲゲゲの女房』がやっていてこの時に南松本で見た時を思い出すとまだ頑張っている様子が感じ取れ、タキ1000は旧JOT車の884番は先日確認したナンバーで最後尾は京葉臨海では珍しいENEOSマーク入りのタキ1000が現れ、交換出荷なのでは?と眼を疑いましたが、仙台北港常備車の全検入場の回送もこの列車(陸前山王→郡山=5090列車、千葉貨物→川崎貨物=5972列車)に連結されます。
△千葉貨物(浜五井)
KD60 1
タキ44020   OT/倉賀野○ 全検2019-12-9川崎車、自重16.4t?
タキ1000-408 OT/郡山◆ 全検30-**-**川崎車、自重17.0t A重
タキ43016    OT/郡山
タキ1000-884 OT×/宇都宮タ 全検2019-11-1川崎車、自重16.9t ■
タキ43023    OT/倉賀野
タキ43025    OT/倉賀野
タキ44008   OT/倉賀野 全検29-9-14川崎車、自重15.9t
タキ243690    JOT/浜五井# ■
タキ1000-132 JOT[E]/仙台北港* 全検27-5-23川崎車、自重16.6t 仙台北港→浮島町
OT所有車の×=エコレールマークなし、倉賀野○=旧南松本常備車、郡山◆=旧盛岡タ常備車、仙台北港*=旧郡山常備車

○8681列車…到着した時点で8178列車で戸惑っていた事があって出遅れましたが、いざ1番線に赴くと20両は連結していた様子を思いきや現車16両とやや短く、前方にはタキ43000の黒塗りの43t積み車、ツートンの44t積みOT所有車でもH5新製車を初めてキャッチ(JOT所有時のデータは幸い、手持ちにございましたが………)。改札へ向かう跨線橋から後方は幸い、地元で見掛ける事が多いナンバーが続き(丁度この列車と同じ時間帯です)、お尻あたりを5番線の安房鴨川方から見るも給電施設で遮られる為か出発まで待つもお目当ての内房線電車を一本逃してしまい、何とこれがタキ1000で平成年間の最終新製車になった968番です。自分自身テンパるも思わぬ形で進みましてラッキーですね。
△宇都宮タ
KD60 1→EF210-124
タキ243741  OT[e]/宇都宮タ○ ■
タキ243846  OT/宇都宮タ◆ 全検30-2-26川崎車、自重15.8t
タキ43414  JOT/根岸
タキ43392  JOT/浜五井 全検31-2-28川崎車、自重16.2t 
タキ243665  OT×/宇都宮タ● 全検2019-9-27川崎車、自重15.8t
タキ43628  JOT/浜五井* 全検31-3-8川崎車、自重16.0t
タキ43601  OT/郡山 全検29-4-27川崎車、自重16,0t 
タキ1000-447 OT/倉賀野 全検2019-7-29川崎車、自重16.9t 
タキ1000-443 OT/倉賀野 全検2019-6-3川崎車、自重17.0t
タキ1000-101 OT/倉賀野 全検31-3-1川崎車、自重16.6t ■
タキ243828  OT/宇都宮タ○ 
タキ43016   OT/郡山 
タキ43606   OT/宇都宮タ 
タキ43166   OT/宇都宮タ※ 
タキ1000-968 OT×/宇都宮タ 
タキ43376    JOT/根岸 ■(▼)
OT所有車の×=エコレールマークなし、※=旧西上田常備車、タキ243000の○=旧浜五井/◆=旧塩浜、浜五井*=旧郡山常備車、=宇都宮タ臨時常備、(▼)=表示板の逆向き

 内房線の電車と8681列車の出発のタイミングが合わず、蘇我駅は5番線で20分の待ち惚け。新年会の集合は間に合うかな?と気にしつつ時間の節約からここで『朝の茶事』を買い、4番線で折り返す京葉線の電車はTOKYO2020のラッピングが入ったクハE233-5007×10(千ケヨ507編成/15運用)が止まっていたのでE233系で見るとめぼしい路線で後は京浜東北線の分でパーフェクト(南武線は不明ですが)といった所です。雨降りと思っていた千葉市の海近くでもこのころになると突然小雪が待ってどうも予報と違う様でこちらは幸い、折り畳み傘持参であります。

 漸く11時37分発の木更津行き(153M、クハ209-2149×4/千マリC426編成)で五井へ向かいます。蘇我から五井は10分ほどで中央線で言うと立川〜八王子と同じ位で気にはならず意外と内房線の乗車は生涯お初でして、蘇我を出発すると暫く京葉臨海の線路と走り、蘇我機関区はEF210、EF65と1両ずつ昼寝して村田(千葉貨物)の方へ向かう京葉臨海の線路と別れて次は浜野、八幡宿からが市原市でこの二駅のメロディーは♪夕焼け小焼けが使われる前の八王子駅で使われていたものと同じもので浜野が横浜線の6番線が追設された時、八幡宿が二代目(=今の一つ前です)と言う事です。車内で8178列車の下書き程度を片付けながら済ませます。

 五井の駅で改札を出て自由通路を東側に向かうと東京支部の皆さんと合流してほぼ集合時間の到着で参加証の確認、会費を支払い、受付を担当する埼玉サークルのK支部委員からラベル用紙でプリントした参加証を受け取ります。顔馴染みの会員さんでもマスターと親しい鶴瀬のM君や町田のK君、学校の先輩でもあるH師、見学会で顔をあわせる事が多い同じ多摩地区在住のY氏、支部委員では新旧の支部長、副支部長お二方、支部委員では企画のS氏、運転部会のH氏、神奈川サークルのA氏、マスターの後で到着した写真部会のT氏と総勢30有余名の参加でゲートイン。JRの構内は今風ですが、小湊へ向かうと雰囲気が昭和そのもので跨線橋の上には『やり田』の売店のテーブルが出ていてM君もここでお昼の弁当を買われました。あとでお手洗いを済ませると商店街でいうと洒落たカフェや昔ながらの大衆食堂、町中華の違いみたいな雰囲気でホームに降りると南側に車庫が拡がってキハ200形オンリーで検修庫も木造で昭和の車両基地の佇まいでホームの真ん前には無蓋車が1両ポツンと止まっている様子で我々が貸し切った気動車にトートバッグを置いてから何コマか収めて出発を待ちます。

 五井から12時16分発の養老渓谷行き(15A、←キハ207+203)に乗り、普段は単行ですが、我々ご一行は前に増結したキハ207を貸し切りました。雰囲気は国鉄のキハ20形ベースですが、顔が京成の資本が入っている事から赤電(3100形〜3300形)と全く雰囲気が似ています。エンジンは国鉄の気動車で多数採用されたDMH17を搭載し、JR東日本では火災事故の影響から早々と25年前には一掃したものの(この頃、キハ110系やキハ100形の新製が盛んに行われた事を思い出します)、小湊鐵道は未だ現役でこの唸りは久し振りに聴きまして、曇り空の五井を出発し、暫く市原市内の田園地帯を走るも生憎のお天気で車窓望むべく事なく昼食の『千葉寿司街道』の箸を突きつつ、また参加している皆さんと歓談しつつ何と津田沼の池沼野郎は事もあろう事にこの小湊鐵道のマークを入れた帽子を被り、こりゃ、今日は来られなかった1380氏や私鉄部会の支部委員T君宛にメールを送るかと思わずデジカメに収めて。時間調整で止まる里見はなかなかドアが開かず2〜3分ほど待って何とか外に出まして、焼芋が名物との事で後でマスターも向かいに腰掛けていたお父さんから一個頂きまして、さすがに硬めだったのか余り頂けませんでしたが………。

 養老渓谷に降りると粉雪が舞って来てこの中をキハ207の前面に沿って記念撮影。終わった所で駅舎に移って駅前には足湯がありますが、この様な空模様なのでパスして窓口でコルゲンコーワのカエルと地方私鉄のコラボレーションが展開されてこのシールがあったので1シート頂戴し再び車内へと戻ります。年末に里見から養老渓谷まで復旧したものの、終点の上総中野までは未だバス連絡でこの分がどこか持て余してしまいます。

 折り返して養老渓谷14時12分発(28A、←キハ203+207)で五井へと戻り、ここから里見まではグッズの抽選会が行われ、マスターはこのキハ200形のイラストが入ったフェイスタオルに東武鉄道のSL列車『大樹』のボールペン、前にも埼玉サークルの2月例会で頂いたかな?と言った東急5050系の『ノコ電』を頂きました。途中で上総牛久での折り返し列車、上総村上へと擦れ違いを見て五井へと戻ります。

 続きはこちらです。

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