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2011年4月23日 (土)

H23.04.22 八王子駅+辻堂

 藤沢の辻堂に住む祖母の二番目の姉が昨朝亡くなり、お通夜へ出掛けるついでに軽めに確認しました。

 お通夜が18時半から行われるので中央線から横浜線+京浜東北線、東海道線で八王子を16時頃の横浜線に乗ると18時前に辻堂に着く計算で自宅を15時半頃に出発。八王子の5・6番線で高尾の山奥に住む親類と合流する計画です。西八王子の改札に入るといつも10時頃挨拶を交わすガードマンさんが立っていたので思わず声を掛け、時刻表を見ると15分空いておまけに学生の帰り時、退屈しのぎに持参した『東京時刻表』を携えて来たので次は大月発の中央特快で最悪だなと思いつつも何とか乗れて後方は比較的乗りが疎らでした。

八王子では中央線の2番線から横浜線の5・6番線へ。いつもこの時間は支部委員会へ出掛ける頃合いで根岸行きの84列車が止まっているなと合間にサッサと。さて、編成を見るとタキ1000ばかりの6両編成とまたまた短い編成でした。

△根岸
EF210−1**
タキ1000-168 JOT[E]/郡山
タキ1000-564 JOT/根岸 無
タキ1000-351 JOT[E]/郡山 無
タキ1000- 20 JOT[E]/郡山 石油類)黒地
タキ1000-359 JOT/郡山 常)浜五井、石油類)黒地 $
タキ1000-434 JOT[E]/根岸
$=浜五井配備車

 ここで待ち合わせる親戚というのがこの列車の元売りのガソリンスタンドを営んでいるので駄洒落めいて何処か混乱しますが、祖母のすぐ下の弟夫婦と妹(こちらも相模湖でガソリンスタンドをやっております)が来るので皆さん、後期高齢者なのでなかなか来なかったので親に私の携帯を貸して高尾山口のガソリンスタンドへ電話する羽目に。6番線の電車が入った所でやっとこお三方到着して一本遅れて16時17分発の東神奈川行きの乗り、反対側に座っていたらさぞかし驚いていた事でお清めの食事で祖母の妹の息子さんも別ルートで来てデジカメでこんなもの撮ってますよを見せてあげました。ついでに言えば安藤会員がお持ちになられたタキ1000+243000のセットも見せてあげたら喜ぶ事でしょう(ヨイショ、利害関係全くございませんのでお気になさらないで下さい)。大口を出て第二京浜を跨ぐ所で緊急停車。暫し停車して1〜2分遅れて東神奈川の3番線に到着。

 東神奈川から大船行きで横浜駅まで乗り、更に東海道線の熱海行きで辻堂へ向かいます。この辺を通るのは一度名古屋行きで『ムーンライトながら』に乗った以来ですが、貨物列車の探求では6年振り。まだ三島の東レにタンク車が来て名古屋行きの3363列車が走っていましたね。横須賀線と並走する保土ヶ谷、東戸塚は通過して戸塚は横須賀線と乗り換えられる構造で大船を過ぎて鎌倉車両センターの脇でメトロ15000系の甲種輸送に擦れ違い(後で八王子駅で見ました)。湘南の拠点駅である藤沢を過ぎて辻堂まであと一駅です。

 斎場が辻堂の北口で昨春行われたプロフェッサー氏のお座敷電車で配布した資料にも出ていた鋼材工場が閉鎖されてこの跡がものの見事に再開発が進み、ロータリーも整備して年配者が多いのでタクシーを拾うとドライバーさんも怪訝されて親と4人はこちらで行き、一番若いマスターは歩きで。何と言っても歩道が広いのが印象的でこの位の幅なら自転車にも邪魔されない気がしますが八王子市内でこれほど広い歩道はありません。神奈中のバスも頻繁に行き交い(正面に書かれた経由地の"大庭隧道"の表示を見ると市ヶ谷に居るおじさんを思い出します)、最近では通り道として定着した南大通りはノンステップ車が多いですが、こちらはエアロスターのワンステップ車(元多摩車が居ると嬉しいのですが………)が中心で綾瀬の車庫らしくいすゞのエルガも時折やって来ます。東海道線の沿線ながら色を見ただけでも近場へ来たのと似た錯覚を覚えます。ロビーで拙宅の線路の反対側に住む祖母のすぐ上の姉親子が先に到着して八王子方面はほぼ出揃い、2階の式場でお顔を拝み、遺影の写真が何でもうちで撮ったものが使われたお話で確か、昨年の5月頃に食事した時のものかな?と思って帰宅して自家用のiMacに入っているかなと確かめたら入っており、お別れの席ではありますが思わぬ形でお役に立てて嬉しい限りです。上のフロアでお清めの食事をとって親戚関係はほぼお見通しの面々となっていとこ同士は別のテーブルの半分を陣取る格好になりましたが………。海が近い湘南だけあってにぎり寿司もマグロが赤身やトロのミックス、軍艦巻にウニが入っていたので多摩地区と少し違う感覚を味わい、この所小食傾向のマスターに嬉しい小振りのにぎりです。戦前の祖母姉妹の写真を見せて皆さんに「今度お願いしますよ!」と母方のいとこの皆さん(亡くなられた上のいとこの方は前にいらした時に渡したので姉妹間違えてスミマセンでした)にもお渡ししました。あきる野の歯医者さん(本来なら今日、行く筈でしたが………)は来られなくて同級生同士で知り合った奥さんも興味深くご覧なられて嬉しい限りでマスターは「温故知新」の言葉が好きですがこの通りです。

 91歳(お誕生日で今年92歳)でお亡くなりになり、マスターが幼少の頃は割烹着姿で帳簿付けのお手伝いに良く来ていたのでこの姿がものすごく印象に残っておりましたが、晩年はカツラがトレードマークになり、顔を合わせる度話題になり、これも今後は良い思い出話になりました。合掌。

 結構はとこの方で赤ちゃんが生まれたりしてそろそろマスターもパートナーが欲しくなり、特に部会の方が年明け早々急逝されたり、いつもお世話になっている所で奥様が先立たれた事や東日本大震災発生後は我が身も無縁社会に嵌りたくないなとひしひし伝わり、女の人でもこの間、本家の会社の社員さんとお話したら前にあるおじさんから「ご夫婦ですか?」と冷やかされてお歳をお尋ねしたら最近まで現役だった名古屋の超有名な電車と同じ今年大台のお話を頂きましたので40歳前後〜50代前半(少し上もOKですが、面接を受けて年齢ではねて門前払いする話聞かれますが、こちらは柔軟に対応出来ますよ)で出来れば背丈のある人+キツくない性格+独身の方であれば大歓迎です。

 帰りは相模湖のガソリンスタンドの親戚がNAVITIMEで相模線経由が良いよと勧められて茅ヶ崎まで211系に乗り(因みに東京方面へ帰る皆さんは湘南電車版のE233系が来ました)、貨物線をEF210(2本とも100番代牽引)のコンテナ列車を通過する様子を見て、夜の東海道線は下りのコンテナ列車が往年の夜行列車同様、頻繁に下る様子が見られます。20時57分発の橋本行きに何とか座れて205系もパンタグラフが変わった情報を得ていますが、1000番代や1100番代、3000番代同様に開閉チャイムが着いたのには驚きました。茅ヶ崎からのお客さんは海老名までが中心で入れ替わりに橋本方面へ向かう流れでもう少し本数があって良いかな?と横浜管内の悪いクセを実感します。

 橋本から八王子まで山手線のお古の205系に乗り、片倉トンネルではさすが閉めますが、心配なのがこの夏です。

 八王子で降りると先程、東海道線で擦れ違ったメトロ15000系が到着し、サザンスカイタワーのアルプスでお買い物をしてさすがに節電や金曜日の夜も手伝って抑えた様である分だけ頂戴して林家たい平師匠のCMでお馴染みのデッカルチェも。南大通りを直進すると拙宅もそう遠くないのでタクシー代はマスター持ちで帰宅しました。

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