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2009年12月13日 (日)

H21.12.13 秩父鉄道撮影会(その1)

 秩父鉄道の電車で国電の101系を譲り受けて活躍する中、一昨年は大宮の鉄道博物館開館に合わせて国電の標準色、今年の創立110周年に合わせて同社でかつて活躍した電車の塗色に合わせたカラーリングに塗替えられましたが、今日は三峰口で後者の撮影会が行われるので参加しました。元々、埼玉県内は頻繁に赴く我が身は不思議と秩父方面は未踏破で今回初めて訪れ、元々私有貨車で今では太平洋セメントに変わったチチブセメントの所有車の本拠地でもあり、今や石炭の専用車だけとなってすっかり昔話となりましたが、良く八高線を介して地元で見る事が出来たものの、雁坂峠や正丸峠の道路整備や建設需要の低迷等でこの辺が廃れてしまって残念です。

 行きは埼玉サークルのロングラン例会や忘年会と同じく西八王子6時21分発の快速電車に乗って年末モードか靴屋さんの早朝セールがあるのでしょうか普段の日曜日より乗りが多い様に思えました。

 八王子からは『ホリデー快速むさしの号』(クモハ115-318×6/八トタM40編成)に乗り換えます。この編成に乗るのは約9ヶ月振り。高崎行きの帰りに『むさしの』4号に乗って短絡線→国立駅の高架→地平線と楽しみましたが、いつの間にか定期列車同様の扱いにされて立川で青梅行きの接続を取ったためにメチャ混みになって浅川の鉄橋を渡る前後で右足の膝をひどく曲げるアクシデントに遭いましたが、今回はサポーターを付けて準備万端。

 南側の群線には昨日の5467列車で到着した根岸発のタンク車が入っておりました。
←甲府 タキ1000-475+681(JOT[E]/根岸、2両とも無)

○83列車…オイルの輸送列車と言うと冬場の土日は運転する機会が多いので平日並みの長さだろうと思ったら6両の短編成で到着。『むさしの』号の窓越しからメモ出来ました。
△竜王
EH200−4
タキ1000-582 JOT[E]/根岸 無
タキ1000-575 JOT/根岸 無
タキ1000-465 JOT[E]/根岸 無
タキ1000-230 JOT[E]/郡山 無
タキ1000-158 JOT[E]/郡山 無
タキ1000-568 JOT[E]/根岸 無

 八王子を出発すると84列車で送るタキ1000やオイルターミナルの基地手前にはタキ43000(OT43354、43542[黒]、JOT43158など)と入線して立川で殆どのボックスには1〜2人乗った状況でほぼ埋まり、7時を回って国立から武蔵野線への短絡線を通ると5分程で武蔵野線の下り線へ。最初の新秋津では中線に『レインボー』塗色のEF65 1118が一休み。これ目当てにホームを駆けるジャリ鉄が居る事でマスターより良い一眼レフを持っていたので親の顔を見たいですな。乗務員交替の抱き合わせ(?)で停車する様になった東所沢は意外と疎らで新座の貨物ターミナルはいつもの様に3072列車(EF66 9[更新色Ⅰ/PS22]+EF64 1028[更新色、冷風]+コキ50000)や越谷行きと思しきコキ50000+コキ106と発着線に入線。北朝霞は少し入れ替えを行ない、荒川の鉄橋の風除け柵の準備が目立つ様になり、さすがに川越線の鉄橋は徐行運転の定番となって大宮支社管内の橋梁も随分と風についてはシビアになっている様です。西浦和で8050列車(札幌タ→東京タ、コキ104)と擦れ違う様に貨物線に入り、与野駅が見えて来ると終点まであと一息。大宮操の発着線にはEF66 118牽引の3085列車(名古屋タ→札幌タ)、倉賀野行きの2055列車とコキ104やコキ106が目立つ編成で一休み。前者はコキ107も連結されて3形式が入った内容でこの間も竜王行きの列車で4両編成ながらこの様な内容を見たなと思い出し、7時半を少し回って大宮に到着。

 大宮の乗り換えでエキュートに立ち寄るとまだオープンしているのは食べ物屋さんや『旨囲門』、食料品店ぐらいで葉書に三峰口の周辺は食べるお店が少ないのでここで買って行った方が無難だろうと昼食用の『深川めし』を仕入れ、1・2番線経由でディラ側のトイレで用を済ませてから8・9番線へ。

 大宮から熊谷まで8時3分発の高崎行き(839M、クハE231-6033×10/宮ヤマU533編成)に乗ります。日曜日の朝でも10両編成は意外と混雑して上尾まで立たされましたが、この間訪れた鉄道博物館の183系を見ると『あずさ』や『わかしお』辺りのヘッドサインを出していたなと思ったら何時の間にやらシンボルマークのステッカーが貼られている事を確認しました。乗っているとウォーキングか登山と言ったシニアの皆さんが多く吹上で降りる話を耳にすると多分、さきたま古墳群や利根川べりを歩くのでしょうね。それにしてもこの頃はシニア層が元気なのかアウトドアもすっかり若い年齢層と勢力地図が逆転。私は余り早朝に中央線で甲信方面へ行かないのはこの辺の利用客が多い事も影響しているのではと思われますが、今は家で盆栽をいじくるシニアは絶滅危惧種になりつつあります。

 熊谷で降りると目の前に1000系の国電カラーの一本・オレンジ色に塗られた1011×3の編成が見えたのでホームの塀越しから頑張って撮影しますが、後のお楽しみ。改札口を出て本来なら『ホリデーパス』片手で訪れても悪くありませんが、帰りの代金を考えるとSuicaの方が安上がりで昼食代含めて充分大丈夫です。駅ビルにあるスターバックスでジンジャーブレッドラテのショートマグを頂きます。新幹線の真下にあるのでしょうか通過する度に走る音が店内に響いて来ます。仕切無しでお土産屋さんもあるものの、まだ開店前です。10分少々で頂いてから西口へ向かって出る通路へ向かい、ここで今日の撮影会のご一行と合流してマスターは『秩父路』で向かうB班です。Y副支部長の他、支部委員は神奈川サークルのAさん、私鉄部会のT君。一般参加ではマスターと親しいK君や私鉄部会レギュラーのHさんやMさん、私より少し上のSさん、千葉サークルは重鎮Uさんや私より少し上のKさん、貨車部会の郵送でお世話になっているMさんも秩父に縁があるとの事で今回参加するお話を頂き、結構顔馴染みが来られて心強いもので色々顔を合わせる事が有っても例会にマメに来られる方や見学会や撮影会、支部主催の行事は皆勤賞と言った面々も。丁度通路の窓ごしから秩父鉄道の電車が見えてホームの一本隣に先程の1011×3の編成。右手には都営三田線の6000系を転用した5000系や急行列車『秩父路』専用の6000系、1000系の白+青系帯にカナリヤイエローの1012×3の編成と休む姿を見てそうしている間に5番線には羽生から今回の撮影会の目玉である秩父鉄道のマルーン+ベージュの落ち着いた色合いである1002×3(1517レ)が入線。二色のツーショットも楽しみました。参加証や資料、お土産(一杯券を頂きました)を受け取ってから改札に入り、『秩父路』の到着までは6番線から1000系の1011編成を皆さん思い思いに撮影を楽しみました。1000系は元々国電の101系でマスターの地元・中央線の快速電車で長い事活躍した事で知られており、来春で201系が勇退しますのでこれが勇退したのは昭和60年、もう四半世紀前の事になります。秩父鉄道で活躍するグループを見るとデハ(クモハ100+モハ101)は昭和36年以降、クハ(クハ101)は昭和39年以降に新製されたグループで固められ、出自が総武線の緩行電車(←クモハ+モハの一部が山手線から)が大半です。一昨年の秋に鉄道博物館がオープンした際に国電の主要色であるオレンジバーミリオン、カナリヤイエロー、うぐいす色、スカイブルーと彩られましたが、中央線の出身車は脇に隠れた存在でしっくりしない面が出てしまいます。今年からは創業110周年に合わせて旧型と同じマルーン+ベージュ、譲渡当時の黄色+焦げ茶帯の2本が登場して今回の撮影会はこちらがメインです。

 熊谷9時50分発の急行『秩父路』1号(1003レ、6003×3)に乗って終点の三峰口へ向かいます。最後尾の6000形に乗ってこちらは西武新101系の譲渡車で元のモハ101にクハ1101の運転台を付けた車に当たります。ドアが開くなり皆さん早速座るものの、どうもマスターが良い所を取りそびれてしまい、暫くは三峰口側から入って2列目のボックスで暫し我慢し、後に腰掛けていたA委員から「ここでも良いよ!」と冷やかされましたが、実際は熊谷寄りに座っている顔馴染みの皆さんと立ち話しながら過ごし、広瀬河原の車両工場でうぐいす色に塗られたデハ1009の編成が入場している所を確認して元々、秩父鉄道はセメント輸送が主体の鉄道会社で私自身、私有貨車でチチブセメントの本拠地として名を馳せていましたが、八高線や高崎線の列車で見る事が多かった為に今となっては少々後悔する面が出たものの、何度か名古屋支部の行事や沿線に鉄道貨物博物館がある関係で何度か三岐鉄道に出掛けた事は有っても今では同じセメント会社の兄弟会社の間柄となって近場はお座なりで不公平の向きもありますが、やっと実現しました。熊谷を出て最初の停車駅である武川は熊谷工場の専用線を上越新幹線の工事に合わせて新設された熊谷貨物ターミナルへの連絡線として整備した線との分岐駅で影森からのヲキ列車が青いデキに牽かれて一休みしている所をキャッチ。窓越しからついついメモして郵送会員のMさんから冷やかされる始末。次は八高線、東武東上線との乗換駅である寄居でマスター自身高崎行きの遠征では通り道なのでいつも線路がガランドウとして寂しい校内も東上線のホームには小川町と往復するワンマン運転の8197×4の編成が停車中。車窓の左手から荒川が見えて来るといよいよ長瀞や秩父が近くなって来たなと実感。次の停車駅・野上で運良くドアを潰した所の座席が空いたので三峰口まで占める事に。この次が長瀞で行楽にはオフシーズンに差し掛かったのか降りるお客さんが全く見当たらない状況で次の鉄橋が秩父鉄道で撮られる写真ではお馴染みの場所で線路からのショットを収め、続いて和銅黒谷では先に出発した1002×3の編成を追い抜き、次の大野原の間の右手に秩父太平洋セメントの工場(チチブセメント時代の第二工場)の所在駅である武州原谷の駅でチチブセメントの所有貨車(太平洋セメントに移ってから高麗川常備から移った旧日本セメントのタキ1900や現在でも活躍するホキ10000も常備しています)ではお馴染みの駅でホキ5700形の大半がここに居たのだなとしみじみ実感するも構内は寂しく、ヲキが1編成、本線側には余剰で保留車になった車が10両程入っていました。構内に直接入れる高架線を望みながら前に『車掌車』でベテランのWさんが紹介した文を思い出します。秩父駅では京浜東北線のスカイブルーに塗られた1001×3の編成と擦れ違い(熊谷方面は山側です)、昼寝する電気機関車(デキ107&108)に隅っこにはワキ800(818)が転がっている様子をキャッチして御花畑を過ぎるとあと一息して左手に西武秩父駅が見えると両者の間の短絡線を確認して石灰石列車の始発駅・影森の専用線を見て山間を縫いながら走るとそろそろ終点も近くなって前に到着したA班の支部委員(M副支部長、埼玉サークルのK氏など)との連絡も始まり、前の方から降りる支度をする様に促され、10時58分に三峰口に到着。

 三峰口に到着すると先発組と合流して先ず駅長さんの挨拶。我々が乗った『秩父路』1号の6000系を引上げてから行き止まりの側線に止まる1007の編成を撮影。それから和銅黒谷で抜かれた1002の編成が2番線に到着して一度奥へ引上げ、マスターもこれに合わせて2番線へ移動し、続いて1番線に1007の編成が入線。続いて3番線に1519レで到着した1005×3が入って1番線に黄色+焦げ茶帯、2番線にマルーン+ベージュ、3番線に白+ブルー帯と秩父鉄道での三色がそろい踏み。続いて1番線に止まった編成が11時44分発の羽生行きとなり、出発の段となると皆さん一斉にシャッターを切りました。ここで今回の目的が一段落付いて3番線に止まった編成をバックに記念撮影。再び駅舎に戻って改札口を出てここで解散。昼食用の飲物に爽健美茶のホットを買って再び駅舎へ入ると壁には秩父鉄道を紹介した雑誌やつい先日、前原国交相が訪れたニュースが伝えられてそう言えば少し前にRail Magagineで蒸気機関車の事が取り上げられると良く出て来たのを思い出し、親類を通しての支持政党故か組閣の時は驚きましてこの頃首都圏のJRで妙な事故が相次いで大臣が某宗教団体系から輩出したのが続いて好印象与えませんでしたが、八ツ場ダムや日航の経営問題と山積している面を除けば好感が持てます。また、『鉄道コレクション』やNゲージの秩父鉄道の車両が並べられて前者は元日に元小田急のデハ800系、行き付けのムラウチさんが改装して新装開店の当日にはこの1000系が最初のカラーと今のカラーと並んで現在の1007の編成と同じものを購入して意外と縁があります。

 今月の部会報でMさんと親しいSさんと顔つなぎをしましたので今後とも宜しくお願い致します。

 続きはこちらです。

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